ゲーム理論の中では、利己心と共感、競争と協調、戦争と平和が並び立つ。ゲーム理論を使えば、遺伝子と環境が互いに働きかけるさまや、遺伝と文化が互いに働きかけるさまを説明することができる。ゲーム理論は、進化による変化と安定性の対立を調整し、仲立ちすることで、単純さと複雑さとを結びつける。個人の選択と集団としての人間の社会行動とを結びつけ、精神の科学と精神を持たない物質の間の架け橋を造る。この文章を読んだだけでワクワクしてきます。
ゲーム理論は学際性の申し子といったところがあり、文理問わずその応用が未だ試みられていない分野はほぼ皆無といってよいと思います。
先日書いた「ウォーキング・デッド」に関するブログでも、リバイアサンの原理を説明するのにじつはゲーム理論的なフレームワークを援用することが有益でした。
ゲーム理論が含むさまざまなエッセンスは日常のあらゆる場所に散らばっていて、もっとも典型的なものでいえば「不完全ゲーム」の最たる例、ポーカーがあります。
東洋経済オンラインの「東大卒プロポーカープレイヤーの勝負哲学―日本人初のタイトル保持者が戦いのすべてを語る」という記事を読むと、木原さんは当然のごとくゲーム理論にも通暁しているのが窺えます。
こうなってくると、数学や物理などいち学問分野にとどまらず、社会や人類の基本準則に底流に伏在する普遍真理のような気さえしてきます。
エピローグの最後はプリンストン大学の神経科学者であり哲学者でもあるジョシュア・グリーン氏のこんな言葉で締めくくられています。
「最後の最後にはいっさいの継ぎ目のない形で宇宙を理解したい。と、そういうことなんだ。もっとも基本的な物理要素から、化学、生物化学、神経生物学、そして個々人の行動やマクロ経済行動まで、あらゆる領域が継ぎ目なしに統合された形でね」筆者のジーグフリードはそういった期待を抱えつつ、俯瞰的に「ゲーム理論」を眺め、その可能性を探り、位置づけを行っていきます。
ともあれぼくがはじめてゲーム理論の入門書を読んだときは、たしか大学1年生くらいの時だったと思います。
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すぐさま、その緻密な戦略性や汎用性の広さに興味を抱き、これは国際政治の力学に応用すれば何らかのテーマで卒業論文を書けるのではないかと思いついたものの、大学生の浅薄な考えは何十年も前に先人たちがひと通り研究をし終えているのだということも後には知り...。(なにも国際政治に限らず、心理学、経済学、神経科学 etc...)
もっとも有名なものでいえばトーマス・シェリングの『紛争の戦略』があるし(彼はノーベル経済学賞を受賞した)、他にもこの分野で有名な人と言えばロバート・ジャービスや『つきあい方の科学―バクテリアから国際関係まで』で有名な社会科学者ロバート・アクセルロッドなどがいますよね。
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上で触れたポーカープロ木原さんが、こんなことをおっしゃっています。
弱いプレイヤー相手には、あえてこちらがナッシュ均衡から外れたプレイをし、相手により大きなミスをしてもらうことを狙ったりもしますが、強いプレイヤー相手にこれをやると、相手が正確に対応してくるので、ナッシュ均衡から外れたぶんだけ損失を出してしまうのです。
強いプレイヤーというのはゲームが始まって2時間もすればわかりますからね。基本的なプレイでミスしない。それが見えれば「この人は強い。ここから勝たなくてもいい」と戦略を立てます。いわばディフェンスのためのプレイですね。「ナッシュ均衡」的なプレイは、あくまで「均衡」だから、得にも損にもならないんです。
また、不完全情報ゲームである以上、一定の割合でミスプレイは発生します。その結果、大幅な損失が出ることもある。ただ、それは利益のためにリスクは付きものなので、判断すべきは「リスクを取ることが割に合うかどうか」です。もし、そのリスクが割に合うものであり、資金管理がしっかりとできていれば、長期的には利益が出るのです。ポーカーは「ナッシュ均衡」を理解した上で、いかなる「混合戦略」を採用していくのかが戦略のかなりのウェートを占めるゲームです。
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ここでポーカー論に立ち入るつもりはないのですが、僕が注目したいのはこの「均衡」というもので、この言葉を聞いて真っ先に思い出したのが生物学者の福岡教授が『動的平衡』の中で語っていたこと。
生体を構成している分子は、すべて高速で分解され、食物として摂取した分子と置き換えられている。身体のあらゆる組織や細胞の中身はこうして常に作り変えられ、更新され続けているのである。だから、私たちの身体は分子的な実体としては、数カ月前の自分とはまったく別物になっている。分子は環境からやってきて、一時、淀みとして私たちを作り出し、次の瞬間にはまた環境へと解き放たれていく。つまり、そこにあるのは、流れそのものでしかない。その流れの中で、私たちの身体は変わりつつ、かろうじて一定の状態を保っている。その流れ自体が「生きている」ということなのである。シェーンハイマーは、この生命の特異的なありように「動的な平衡」という素敵な名前をつけた。ここで私たちは改めて「生命とは何か?」という問いに答えることができる。「生命とは動的な平衡状態にあるシステムである」という回答である。そして、ここにはもう一つ重要な啓示がある。それは可変的でサスティナブルを特徴とする生命というシステムは、その物質的構造基板、つまり構成分子そのものに依存しているのではなく、その流れがもたらす「効果」であるということだ。生命現象とは構造ではなく「効果」なのである。
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物理学の側からフォン・ノイマン、オスカー・モルゲンシュテルンの『ゲーム理論と経済行動』に端を発し、ジョン・ナッシュがたどり着いた「均衡」も生物学の福岡教授がいう「平衡」も経路は違えど、一つの普遍的な真理、ジーグフリードがいう「自然の法典」へと近づきつつあるという気がしてならないのです。
ゲーム理論は、あらゆる科学(経済学、心理学、進化生物学、人類学、神経科学など)を統合する共通の数学言語を提供しており、これらの科学をパズルの駒のように組み合わせれば、命や精神や文化といった、集団としての人間行動の総体を明らかにする科学ができあがる。ゲーム理論の数学を物理科学の数学に翻訳できるという事実からも、ゲーム理論こそが、生命や暮らしと物理学とを統合する科学、つまり真の「万物の理論」をひもとくための鍵だといえよう。高校1年生くらいのときに、この本を読んでいたなら、少し背伸びをしてでも理系の道に進んでいたかもしれない... そう思わせてくれる壮大な学問のお話。
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