Each day is a little life: every waking and rising a little birth, every fresh morning a little youth, every going to rest and sleep a little death. - Arthur Schopenhauer
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2013年10月17日木曜日

インド修業から、東大に受かるまで


「気づいたら、"生"を授かり」産み落とされていた。

釈尊が悟りをひらいたとされるインド北東の辺鄙な町の、隅にある静謐な場所で、繰る日も座禅を組み、目を閉じて、瞑想を続ける。

飢渇は3日ほどで止む。

きっと、これまでの22年間でいちばん、自分自身と"対話"ができた、特別な時間。
秒針は東京にいたときよりも、いくぶんゆっくりと時を刻んだ。
たぶん、これまでは自分自身に耳を傾けることさえしていなかったのかもしれない。

修行を終えたとき、断食にちかい生活をしていたせいもあってか、げっそり体重も落ちていた。(おそらく10kgくらい?)

こうなることは日本を発つ前から予見していたから、インドへ来る二ヶ月前くらいからジムで有酸素、無酸素バランスよくワークアウトして、体を鍛えていた、つもりだった。
やっぱり理は実をとらえきれなくて、ぐったり体は弱りきってた。

修行の間は持ちモノをすべて没収されていたこともあって、日記を書くことも、本を読むこともできなかった。
修行が終わった翌朝、忘れたくないことだけ、とりあえずメモに残しておこうとペンを取る。
堰き止められていたダムのように、言葉が濁流に乗って横溢してくる。
滾々と湧出してくる断想を書き起こす。

"Lonely Planet"をパラパラ読みながら、これからのルートを策定する。

ふさふらした足取りで、無数のヒトやウシ、サルなどの生き物が行き交うバラナシの喧騒をかき分けて、チャイをすすりながら、朝焼けが水面を照らし、ファジーネーブルに染まるガンジーを目指した。

死体の饐えた臭いが鼻をつんざく。
手漕ぎボートの値段交渉をするのさえ煩わしくなって、すぐに首を縦にふった。


薄く霧がかった風景、目をこすりながら、ひとびとの様子を眺めた。
洗濯板に全力で衣服を叩きつけながら、ガンジス河を流れる水で洗濯する婦人たち。
身体を洗ったり、うがいしたりする少年たち。

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