Each day is a little life: every waking and rising a little birth, every fresh morning a little youth, every going to rest and sleep a little death. - Arthur Schopenhauer
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2015年5月4日月曜日

読書『二十歳のころ』(Ⅰ・Ⅱ)立花隆+東京大学教養学部立花隆ゼミ編

二十歳のころ〈1〉1937‐1958―立花ゼミ『調べて書く』共同製作 (新潮文庫) 二十歳のころ〈2〉1960‐2001―立花ゼミ『調べて書く』共同製作 (新潮文庫)

大好きな本ですね。できれば中三〜高校生の方々に読んでいただきたい。ジャンルにとらわれない、有名無名さまざまなインタビュイーを東大生が取材していく。ぼくは元来自伝とかバイオグラフィー、人の半生に触れるのが大好きです。なにより自分自身を「相対化」することができるんですよね、他者のレンズを通すことで。あとは違う時代を生き抜いた人々の証言には、時代の臭いがプンプンする。この本で特に熱情を持って語られるのは全共闘時代ですよね。気になった人に関しては、今なにをしているのか、著作はあるのか、都度調べたりしたのですが、当然亡くなられている方も少なからずいて、「さあ、どうやって生きていこうか」と自己反省的に読書を進めたのでした。

2014年1月3日金曜日

映画『ゼロ・グラビティ』アルフォンソ・キュアロン 13'


本当は公開直後の年末に観ておきたかったのですが、年を跨いでしまいました。
周りの強い勧めもあって、IMAX 3Dで鑑賞。
もちろん映像美や高品質の3Dもそうなんですが、IMAXは何よりサウンドシステムが素晴らしい。
『ゼロ・グラビティ』にはピッタリのシアター・システムですよね。
この作品はおそらくDVDで観ると、魅力が半減してしまうのではないでしょうか。

細かい内容の話は脇において、僕個人としてこの映画に埋め込まれたメッセージは「生と死」、それも人間個人のようなミクロなスケールではなくて、宇宙という一個の人間にとっては壮大過ぎる空間との対置において、人類ひいては時間・空間の誕生をも描き出そうとしたのではないか。

サンドラ・ブロック演じるライアンが、なんとかソユースに辿り着いたときに、まっさきに宇宙服を脱ぎ捨て、膝を抱え、空中に浮遊します。
あそこは赤ん坊が母親の胎内、羊水の中で静かに呼吸を打ってるメタファーに他ならないのではないでしょうか。
加えて、中国の宇宙ステーション「天宮」から神舟で無事に地球に着水し、沈んだ宇宙船から抜け出し、水面に向かって泳いでいくシーン。それにクロスオーバーする、「カエル」。
これもまた精子、卵子の結合受精、胚胎を暗喩しているのではないか。

本編通して、出てくるキャストはほぼサンドラ・ブロック、ジョージ・クルーニーの二人のみ。
キャストを最小限に留めることで、どこまでも広がる宇宙空間の御胸に抱かれた人間の微小さを明示している。

すぐに立花隆さんの『宇宙からの帰還』を読み返したくてたまらなくなってしまいました。

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立花 隆

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【完全主観採点】★★★★☆

2013年10月24日木曜日

読書『立花隆の書棚』立花隆著


知の巨人、立花隆さんの『立花隆の書棚』を読みました。
立花さんの本はこのブログでも何度か紹介しています。

基本的にノンフィクションを主戦場とする氏ですが、この本の趣向は少し変わっていて、氏が小石川に所有する、ビル全体が浩瀚な書庫となっている通称「猫ビル」プラス立教大学の研究室など、すべての氏の書棚を写真で収め、それらを解説していくという特異な本になっています。
ちなみに猫ビルは地上3階、地下1階で20万冊所蔵しているそうです。
(猫ビルに関して、参考:ネコビルを見て考えたこと」- 研究と教育と追憶と展望)

これまでにも読書遍歴や読書法などにフォーカスを当てた本は何冊か出版されていますが、書棚をダイレクトに語る本というのは初めてのことだと思われます。
ちなみにこのシリーズ、あの「千夜千冊」『知の編集術』の松岡正剛氏verもあるそうです。

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もともと、免許を更新しようとしたときに、時間つぶしに新書でも買おうかと思ったところ、なにを血迷ったかこの本を手に取ってしまいました。
構成の中心は写真ですが、なんと全体で650ページもあります。(ちょっと時間つぶしに買う本ではないです)

iPhoneでパノラマ撮影した四つ折り書棚ページ

じっさい僕も、時間を見つけ(眠れない夜など)に数ページずつゆっくりと読み進めていきました。


なんだか書物の渦の中で、「知的格闘」を孤独に続けるフーコーを想起するかのような、猫ビルの内部。

書棚がカバーするのはほぼ全領域。
一番、よく知られた田中角栄研究をはじめ、宗教、哲学、脳科学、基礎数学、などなど文系・理系などという栫をゆうゆうと縦断していく。『知のソフトウェア』を彷彿としますね。

「知」のソフトウェア (講談社現代新書 (722))「知」のソフトウェア
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知的生産の話でいうと、もっともよく知られている本に梅棹忠夫の『知的生産の技術』がありますが、昨日読んだ博報堂ケトル・嶋浩一郎さんの『なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか』は新しい知見がいくつか詰まっていました。
なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか(祥伝社新書321)なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか
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そもそも僕はわりと新書も読む方だと思うんですが、なかでもジャンルの選り分けとして、意識的に「広告系」の本を絡めるようにしています。
この手の本は読みすぎても効果は浅いんですが、たまにストレッチ感覚で、思考に伸縮性を確保する感覚で読むと、すごくスッキリするんですよね。雑多になった脳内のちりを取る要領で。

なんでも嶋さんは毎日必ず書店に足を運ぶそうです。
「筋金入りの本の虫なのだなー」と思いきや、そういうわけでもなくて、本屋に行くこと、本屋で過ごす時間にこそアイデアの源泉があるというのです。
本屋で平積みされる本、書棚の中身・配置は日々めまぐるしく変化していきます。
それを嶋さんはガウディの建築「サグラダファミリア」に、平積みにされる本を「AKB48の総選挙」に喩えられていました。さすがです。
興味深いイラストも二つ挿されていたので、紹介。






ぼくも同じ様に、好きな場所はどこかと問われれば真っ先に「本屋」と答えるたちで、休日に代官山の蔦屋青山ブックセンターに行くのが楽しみだったりします。

あとNaver等のまとめで大好物なのが、世界中の美しく蠱惑な図書館や書店を集めたもの。


2013年5月23日木曜日

インド瞑想記⑪ 10 DAYS WONDERの終焉

#⑩続編

いよいよ瞑想も実質的な最終日を迎える。(今日のam10に沈黙"noble silence"が解かれることとなる)
この10日間、全身から朝日を浴びることの気持ちよさを感じながら過ごしてきた。
なんとなく、この施設から外へ一歩を踏み出し、雑踏のなかにスムーズに適応できるか不安がよぎる。
この施設自体は"街"から離れた郊外に閉鎖的にあるし、この10日間一度たりともセンターの外へ出ていないわけで、そういう意味で「日本」も「インド」もなく、自分はただ「瞑想」の内にあった。

〜〜〜〜〜〜続きは「note」で公開中。

#⑫では総括として、プログラムを通しての振り返りを書きたいと思っています。

2013年5月8日水曜日

インド瞑想記⑤ いわゆる「静かな日々の階段」― just continuum

#④の続き

億劫で仕方なかった4時起床。
3日も過ぎると、目覚めが気持ちよくなってきた。
ぼんやりと、まだ開ききらない瞼をこすりながら、窓の外に広がるファジーネーブル色の曙光をみつめる。

ベッドから這い出ると、すぐに顔を水で洗った後、外に出てラジオ体操のようなものをやり、全身に目覚めの号令をかける。
天に向かって思いっきり背中を伸ばす。とっても気持ちがイイ。
(早起きといえば、この記事がとても有益に思いました。とくに日本に帰国してこの生活を維持するためにも。「早起きの常識を覆したら、毎朝5時に起きられるようになったお話」)
ホールでの瞑想に参加する前に洗濯を済ませておく。太陽が照りつけていて、乾くのは極めて早い。

こんな風にゆったりと、何に追われるでもなく、静謐な時間の中に身をおいているとソローがエッセイで言っていたことがよくわかる。
一日一日が、これまでけがしてきた時間よりも早くて、神聖で、曙光に満たされた時間を含んでることを信じない人間は、結局、人生に絶望しているのであり、暗さをつのらせてゆく坂道を転落しているのである。感覚的な生活がいったん中断されたあと、人間の魂、いや、むしろ魂の諸器官は、毎朝活力を取り戻し、そのひとの「霊性」は、ふたたび気高い生活を営もうと努力するのである
ただ、さすがに毎日同じ飯には辟易した。味は悪くないのだが。
高校1年次の夏に1ヶ月間ユタ・ソルトレイクシティにホームステイしていたときのことを思い出した。ホストファミリーといっても、70〜80歳くらいのおばあさん一人。
敬虔なモルモン教徒で、近くの教会の牧師をやっていて、宗教関連の啓発書も何冊か出版しているほどの筋金入りの宗教家。
話題の9割は宗教だった。
そして出される食事は1ヶ月間不変(自家栽培の野菜、みたこともない野菜だったので未だに名称が分からない)で、みるみるうちに食欲も減退していき痩せ細っていった。
体力もみるみる減っていくぼくを見かねたのか、最終日にはタコベルに連れて行ってくれた。

よく海外に行って、日本語を耳にすると安心感や懐かしさを覚えるという。
インドに着いた当初、アメリカ英語を耳にすると同様の安堵感を覚えていた。
インド英語独特の訛り(わりとイギリス英語寄り)、ぼく自身の英語がアメリカ英語なので、最初は困惑しましたが徐々に慣れていった。
各国の英語といえば、有名ですがこの動画が最高にクオリティ高いですよね。(インド英語のイミテーションも最高です笑  個人的にはRussianが一番ツボですね、それからNigerianもうまく特徴つかんでる


夜の講話(discourse)もアクセントの強いインド英語だった。
この必死に言葉に食らいつこうとする感じ、以前どこかで体験した感覚。
そうです、高校3年生のときに行った福島での免許合宿。笑
学科の講師がコテコテの福島弁訛りで、なにひとつ教習が理解できなかったのでした。そりゃもうインド英語よりも酷かった。笑

軽いランチを終え、しばしの休憩で自分の部屋へ戻る。
当然の如く、我が家では多くの虫達がくつろいでいる。
最初はいちいち文句を言っていたトカゲにも、「ただいま」という始末。
どれだけ受け入れがたいと思った環境も衛生も、数日すれば慣れてしまう、人間の適応能力。「足るを知る」というか諦念。
ベッドに蚊帳もあり、日中は虫よけスプレー全身にふりかけ、寝るときは蚊取り線香を忘れず焚くのに、気づいたら全身100箇所くらい刺されてる。笑
瞑想のときも当初、ハエや蚊が体に止まる度に振り払っていたけれど、あるときからはもう気にならなくなる。受け容れる。
虫なんて簡単に友達になれますよ。まして10日間誰とも口にしちゃいけない状況の中では。人は独りじゃ生きれないんです。
きっと、独りっきりで山篭りしている人だって、ぼくと同じように虫や鳥とお友達になることに疑いの余地ありません。

タバコの禁断症状のピークもこの頃だった気がします。
2〜3日めにかけては、吸いたすぎて塀を乗り越えて買いに行こうかとも思いました。笑
結局、禁煙のためには矯正装置ならぬ矯正環境が必要なのかもしれません。
そこに自分の身を置くしかない。

〜〜〜〜〜〜続きは「note」で公開中。

【瞑想記一覧】
■出発する直前
■インドへ到着
■いよいよ修行開始
■修行の後半戦
■最終日

2013年3月19日火曜日

読書『本を読んだら、自分を読め―年間1,000,000ページを血肉にする"読自"の技術』小飼弾著


ブログ「404 Blog Not Found」のオウサー、小飼弾さん(@dankogai)の、読書論について書かれた本『本を読んだら、自分を読め』を読みました。
中卒、家庭内暴力、家も燃えた。そんな自分を押し上げてくれたのは、いつも本だった。
という帯の言葉。
小飼さんは中学途中から、義務教育の在り方に疑問を抱き、登校拒否となり、自分で独自の学習をし、大検をとって、アメリカのバークレーに進んだという異色の経歴の持ち主。

現在、年間5000冊の本を読んでいるそうです。

  1. だから、僕は本で強くなれた
  2. 本の読み方を変えれば、自分が変わる
  3. 本屋を歩けば、見える世界が変わる
  4. アウトプットすれば知恵はもっとつく
  5. 本当の教養は人生を豊かにする
という5章立て。

メッセージとしては、
本は、きみを救ってはくれない。けれども、本を読むことで、自分を救える自分になれる。
 という言葉に詰まっていると思います。

基本的な読書に対する姿勢とか思考のフレームワークはかなり自分と近いと思ったのですが、やや「読書」礼賛感が強すぎるのかなとも。
読書をしていない人を、やや蔑視というか、こき下ろしているように捉えられてしまうかのような表現があったような。

人生は選択の積み重ねで、一方には「読書」をし続けてきた今があり、他方(パラレルワールド的に捉えるなら)「読書」をまったくしなかった今もありえたはずで。
この二つを同時体験できる人は、神以外に存在しない。
「読書」をし続けてきた「今」の自分が他方を批判することは簡単でも、体験していない以上、これまた「偏見」でしかないわけで。

一個体としての「自分」が体験できうる経験は非常に限られている。
だからこそ読書が与えてくれるまったく、自分の生活の領域外の疑似体験はたしかに世界を広げ、血肉を施してくれる気がします。

こうやって、たまに「読書」にまつわる読書をするのは、非常にたのしいです。
普段の読書を省みることになるし、客観的に自分自身にとって「読書」とは何だろうか、という思考の機会も与えてくれます。

事細かい「読書」についての姿勢や捉え方に大なり小なりの差異は筆者それぞれにあったとしても、誰ひとりとしてその人生における意義を言及しない人はいないということです。筆者それぞれが、筆者として、人間として、今"在る"ことは「読書」抜きにしてあり得なかったのだと思います。


あ、それで言えば今月発売された立花隆さんの『立花隆の書棚』めちゃくちゃ気になりますね。汗牛充棟な立花さんの書庫(通称:猫ビル)の中を写真付きで解説しているそう。知の巨人の生態系の全貌、ゼッタイ買います。

2013年3月14日木曜日

読書『思索紀行―ぼくはこんな旅をしてきた』立花隆著


一章一章を味わいながら嘗め尽くすように、床につく前に、丁寧に読み進めて行きました。
「ニューヨーク研究」、「パレスチナ報告」など独立した章がそれぞれの土地で現地に赴いて見聞きした生の情報と数えきれないほどの資料から集めた情報を擦り合わせ、整合し、立花さん独自の視点を交えたルポルタージュ。
旅自体はかなり前に敢行されたものですが、だからこそ新鮮で躍動に満ちていました。
街の息遣いや、生物のようにその姿を変えていく都市、時代そのものが有為転変であることを再認識させられます。

第四章の「ヨーロッパ反核無銭旅行」は特に凄まじい。
日本人が海外旅行に行くこと自体、ほとんど皆無だった時代に、学生として世界を飛び回った氏。
その圧倒的なまでの行動力と、その裏にある緻密な行動計画。
現在の自分よりも年下だった当時の氏には感服です。
その旅を終えたときに、日記の最後に自ら記していたというメモにその怜悧な洞見が輝いています。
「人間の一生は、教育あるいは環境によって作り上げた偏見を壊すための止むことなき闘いである」
「旅の前と旅の後では、その人は同じ人ではありえない」という序章の言葉はずっと変わることなき氏の信念なのだと思います。 

この手の旅行記を読むと、とにかく旅に出たくなります。
この世界にはどれだけ、自分の知らない世界が広がっていて、そこで脈動を打ちながら、生活を営んでいる人々が確かにいること。

村上春樹氏の『雨天炎天』を読んで以来、ずっと心の片隅にあるギリシャ・アトス半島への興味は、より一層強くなりました。
あと、一章で描かれる立花さん自身による無人島体験も興味深かったし、いつか敢行してみたい。こういった試みに興味を持つようになったのは、去年マーク・ボイル氏の『ぼくはお金を使わずに生きることにした』を読み終えてから。


【立花隆さんの本】
・『宇宙からの帰還

2012年12月24日月曜日

読書『ジェノサイド』高野和明著


ながらく積読していた高野和明さんの『ジェノサイド』。
昨晩、なかなか眠りにつけなくて、何の気なしに手にとって、気付いたら朝。
その時点で二部の途中で、翌日にはすべて読み終えてしまいました。
この本はけっこう分厚くて約600ページほどあります。
長編を読む時にはページ数が目減りしていくと、物悲しさを覚えます。(『1Q84』を読んでいたときは、特にそれを覚えました)
ずっとこの物語を漂流していたい、追憶体験をしていたいと。
この目に見えてページが終焉に近づいていくのが感じれるのは、紙の書籍ならではですよね。

緻密に組み立てられたストーリーライン、圧倒的な研究に裏付けされたプロット。
絡み合っていく登場人物たち。
その中心に伏流しているのは「大量虐殺(ジェノサイド)」という核心的テーマ。
物語の途中でこんなセリフがあります。

「すべての生物種の中で、人間だけが同種間のジェノサイドを行う唯一の動物なんだ。それがヒトという生き物の定義だよ。人間性とは、残虐性なのさ。かつて地球上にいた別種の人類、原人やネアンデルタール人も、現世人類によって滅ぼされたと私は見ている」

文系・理系問わず楽しめる作品。
帯の書評には「やや大袈裟ではないか」と辟易していたのですが、まさしくその通りでした。
「この作品に出逢えた以上、今年読む本はもう全部ハズレでもいい」


徹底的に取りこぼしがないように裏付け取材を行なっているのが伝わって来ました。
作品の出版スパンも約1年に一回と早くはありません。
どこかで立花隆さんインスパイヤの影がみえたのですが、案の定でした。
巻末の参考図書のはじめにありました。
(立花さんといえばこの前『宇宙からの帰還』を読んで感銘を受けたばかりでした)

エシュロンはじめ、ほんとうにぼくらの知らない所で、どんどん世界は構築されているのだなーと。たった一度の人生ですべてを把握しようだなんて無知にも程がある。


おそらく『ハッカーと画家』と合わせて読めばより楽しめるんじゃないでしょうか。

続いて高野さんの死刑制度を扱った『13階段』に取り掛かろうと思います。

2012年10月17日水曜日

読書『宇宙からの帰還』立花隆著



浩瀚な著作と圧倒的なレファレンス量・博覧強記で知られる立花隆さんの『宇宙からの帰還』を読みました。

数多くの宇宙関連の書物・宇宙飛行士へのインタビューを元に、宇宙体験が人間の精神世界に与えるインパクトを掘り下げることに挑戦した一冊。かなり内容濃いです。
今年も色々本は読みましたが、その中でも間違いなく上位に入るほど面白かった。

冷戦終結前に書かれたということもあって、ソ連とアメリカの対比の視点ももちろん入っているんですが。そうゆうわけで、アメリカ社会の根幹をなしているといっても過言ではないキリスト教を揺るがすようなガガーリンの強烈な一言が印象的です。
「天には神はいなかった。あたりを一所懸命ぐるぐる見まわしてみたがやはり神は見当たらなかった」
地球創世、ビッグ・バン、宇宙船地球号、ガイアなどなど宇宙関連でよく聞くコンセプトに実際宇宙飛行士はどういった考えを抱いているのか。
ラッセル・シュワイカートの地球の成り立ちから現在に至るまでの時間軸の捉え方がなかでも一番、興味深かった(eye-opening)でした。



「前提を変えて、時間は過去と未来に無限に伸びる直線ではなくて、円環状をなしているのだと考えれば、スタートの問題は消える。円はどこにもはじまりも終わりもない。それはそこにあるだけだ。時間はそうゆうものかもしれない。科学的言語体系の世界創造理論に、ビッグ・バン仮説がある。しかし、これについても、では、ビッグ・バンの前はどうであったかと問うことができる。その前には、膨張した宇宙があって、それが収縮してビッグバンになったともいう。では、その前はどうか。やはりその繰り返し。そしていまの膨張をつづける宇宙もやがては再び収縮をはじめ次のビッグ・バンとなる。そのあともその繰り返しということになる。結局、無限の繰り返しで、世界のはじめと終りについては何も説明していない」
立花さんの本はどうやら外れがなさそう。 

この本は野口聡一さんが宇宙飛行士になろうと思ったきっかけになったほどだそうです。
宇宙兄弟』が好きな人は是非一読してみてほしい。かなり宇宙や宇宙飛行士に関するディープな洞察が得られること請け合いです。