Each day is a little life: every waking and rising a little birth, every fresh morning a little youth, every going to rest and sleep a little death. - Arthur Schopenhauer
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2015年1月14日水曜日

誰が初めにアラブの春を使ったのか【翻訳】


私は昨日、国連『文明の同盟』のブログ記事に驚かされた。今ではあちこちで聞くようになった「アラブの春」という言葉が『Foreign Policy』誌によって初めて使われ、今では一年経過したMENA地域を変革してきた革命のブランディングにジャーナリストやアメリカの活動家が使うようになったというのだ。

私は『Foreign Policy』が用語を作ったとは思い出せなかったし、それが本当なのかに興味があった。その答えは、うんと、えっと、恐らくだ。

現時点で回顧されることは少ないが、「アラブの春」という言葉を初めに使ったのは、主としてアメリカの保守的な評論家で、2005年の中東における短期間の民主化運動の勃興を指してのことだった。

この年の1月6日―チュニジアの野菜売りモハメド・ブアジジが死亡してからたった二日後―『Foreign Policy』のマーク・リンチは「オバマの“アラブの春”」という記事をポストし、チュニジア、ヨルダン、クウェート、エジプトといった多様な中東諸国が衝突しつつあることを言及した。

新しくパワフルな衛星放送の画像イメージに刺激され、地域全体へと波及していった運動によって人びとがアラブ独裁の停滞からの脱却を夢みて、ベイルートで抗議活動が注目を集めたとき、私たちはオバマ政権に2005年と同等の始まりを見ているのだろうか。今回はソーシャルメディアがアル・ジャジーラの役割を担うのだろうか?結果は変わるのだろうか?

「アラブの春」への言及はForeign Policyのサイトが最初であるし、2011年からのもので私が見つけられた最も初めのものだった。とはいえ読者には冒頭のリンクへ目を通すことを勧める。

レキシス・ノキシスによれば、2005年の事件を除けば、最も最初の言及は1月14日『クリスチャン・サイエンス・モニター』のチュニジア大統領ベン=アリーの追放後の論説だという。

アラブの春?それとも、アラブの冬?

最も小さく、けれども最も安定した国の一つであったチュニジアで抑圧的な指導者が追放されるという民衆蜂起を目の当たりにして、この選択が中東北アフリカの独裁者の前に立ちはだかっている。

次の言及は1月25日のエジプト野党の党首モハメド・エル バラデイへのインタビューDer Spiegel』のものだ。

おそらく我々は今、初めて「アラブの春」のサインを経験しているのかもしれない。(1986年の「プラハの春」と呼ばれる自由民主化運動と同様の)私たちの近隣国はパイオニアの役割を担ってきたエジプトに目を置いている。私の母国が自由と民主主義が花開く最初の国であることを願う。私たちエジプト人もチュニジアで達成されたことができるはずである。

翌日、フランスの政治学者ドミニク・モイシがコラムのタイトルにそれを用いた。

三月中旬にはこのサイトを含め、多くのメディアで「アラブの春」という言葉は広く流布し、それは皮肉にもその言葉の内実が失われ始めていたときだった。

用語は広く使用されているのにも関わらず、アラブの論客や活動家はこの言葉に対していくぶん不快を感じていた。これは何も驚くべきことではない。なぜなら想起される「プラハの春」は短い民主的自由の後、ソビエト軍の戦車によって打ち砕かれたのだから。

しかし、よくも悪くも、誰が初めに使いだしたかにせよ、言葉は行き詰まったのだ。

あなたはいつ初めて「アラブの春」を聞き、もしくは耳にしましたか?コメントで教えて下さい。


著者(Author):JOSHUA KEATING
(元記事:Who first used the term Arab Spring? - Foreign Policy)

※大筋の本意が伝わればと思い、爆速で平易に訳しているので、多分に意訳を含んでいます。誤訳や内容での指摘があればコメントお願いします。

2014年11月12日水曜日

「情熱」の見つけ方【翻訳】

私たちのあまりに多くが「情熱」と呼ばれる魔法めいたものを信じている。「情熱さえ見つけることができたなら」となげく。「情熱を見つければ幸せになれるのに」


まあ、じっさい情熱はリアルで、パワフルなもの。だけれども、それを見つけることについてのほとんど全ては間違っている。

ルール1: 情熱は成功からやってくる

僕らの感情の全ては正当な理由で存在する。飢餓にならないために空腹を感じたり、破裂しないように満腹を感じる。そして僕らは自分にとって最も褒章的なことに努力を集中させるために情熱を感じる

ダンスレッスンを始めたと想像してほしい。すぐに簡単だと思う。自分が他の人よりも上達が早くて、上手くなってると気づく。高まる興奮が君の情熱だ。その情熱は君のスキルを向上させるため、強みを伸ばすため、何度でも繰り返させるようになる。


情熱の敵はフラストレーションだ。もし何かが継続的にうまくいかないとき、決してそれに情熱的にはなれないだろう。完全にそれを避けようとするようになる、つまりは上達しないんだ。


多くの人がこれを逆に捉えてしまう。彼らはまず情熱を発見して、それが上達に導いてくれると考えているんだ。実際のところ上達がはじめにあって、その後に発見なんだ。情熱は成功からやってくるってわけだ

ルール2: 情熱は子供時代に死ぬ

理論的には、子供時代はまんべんなく多くのことにトライし、才能を見つけ、それとともに情熱を発見する恵まれた機会だとされる。

だけれど、考えてもみてほしい。どれほどシステムが悪弊を君にもたらしているかを。たとえば、学校が20個の科目を君に課すとして、他の数千の子供の中でランキング付けされる。なかなかに分が悪いだろう。本質的にいって、ほとんどの子供は平均値に位置づける。どれだけ教育をよりよきものにしたところで関係ない。なぜなら人は情熱を感じるためには“例外性”を感じなければならないから。つまり、教育をよりよきものにするということは単に平均値を上げることにしかならない。


君がラッキーだとしよう。君は中学校の数学の授業でトップにいる。けれども教育システムは君にとって、難しさを上げ続けるだろう。たとえば大学に入って、君が例外ではないレベルに達するまで。仮に君が客観的にみてもすばらしく優れていても、ひとたび平均に過ぎないことを感じると、情熱は薄れていくだろう。

しかもそれは君がラッキーな場合だ。もし君の情熱がアートだったら?早い年齢から社会通念によってその情熱は抑え付けられる。「画を描いて飯を食うのは厳しいぞ」と両親は言う。「いとこはエンジニアで活躍してるそうよ。なぜ彼のようにはなれないの?」こうやって君は情熱を手放して、枯れさせる。

何十億人の人がいるこの世界で、みんながみんなアカデミックな分野で傑出するのが難しいことは明らかだろう。もし君の才能がスピーチライティングやクリエティブなダンス、はたまたゲームのコマーシャルをYoutubeで制作することだったりしたら?これらのどれも学校のシラバスには載っていない。

だからほとんどの人は何に対しても情熱を持たないまま大人になっていく。

ルール3: 情熱は創り出せる

一般的に多くの成功者が情熱を棚から取り出していないということを知ることは為になるかもしれない。


実際のところ、世界的に成功している多くの人びとが教育を途中で完全にドロップアウトしている。彼らがバカだったからとかではなく、教育では気づくことのできなかった、自分自身がより輝けるエリアを見つけたのだ

彼らは自分自身の情熱を創り出したんだ。

ごく限られた人だけが、幼少時代に用意される狭い科目の中で秀でることができる。そして、このスペースで行われる競争は基本的に「学校に行った全ての人」で争われるから、僕らのチャンスはごくわずかだ。

でも君がそのスペースの外側に目を向けるなら、競争はそれほど激しくなく、他のオプションがあることに気づく。そしてこれが、自らの嗜好の中に情熱を見つける方法になるんだ。

オプション1: なにかを創る

なにか新しいものを創るとき、君は情熱を捧げられる何かを発明している。

新奇なクッションのデザイン、『バットマン』のストーリーを書くこと、はたまた政治家が真実を言っているかを精査するためだけのアカウントを作ることかもしれない。


新しいことは比較的に競争相手が少ない。新しいなにかを創造することによって、君が“例外”になれる確率はずっと、ずっと高くなる。

さて、これは【ルール1: 情熱は成功からやってくる】を無視することにはならないということに気をつけよう。だから、もし君がはじめた新しく始めたツイッターアカウントが一年経っても5人しかフォロワーがいないようなら、おそらく君はそれほど情熱を傾けることができないだろう。もし500万人のフォロワーがいるなら、仕事を辞めるだろう。情熱に燃料を注ぐような成功を見つけるのだ。


だけれど、少なくとも君は急激に確率を改善したことになる。なぜなら、君の競争はとても限られているから。ほんの一握りの人だけがおそれを知らずに新しいなにかにトライするんだ。そして君は彼らの一人になれる、ただ始めるだけで。

このパターンは歴史の偉人に共通して見られる。マークという少年が世界の偉大なプログラマーになることは決してなかっただろう。けれど彼はクールなウェブサイトを作りはじめた。そして、彼は自分がこれに異常に向いていることに気がついた。なぜなら有能なプログラマーでさえ、めったにトライしようとしなかったからだ。だから、彼の小さな実験が偶然にFacebookになったんだ。

オプション2: 流行の先頭に立つ

分野が古く、より確立されているものほど、競争することが厳しくなる。君が参入する頃には何百万人がいるし、君が勝ち抜ける確率が低ければ、君が情熱的になれる確率も低いものになる。

だけれど、フロンティアというものはいつでも生まれるものだ。それはみんな絶望的なほど下手で、まずまずのスキルでも優れることのできる場所のことだ。


仮に君が2005年にさかのぼって、YouTubeでビデオを作り始めた高校生だとしよう。まずまずの視聴者を得て積み重ねる成功が君を興奮させる。YouTubeが毎日40億再生されるバケモノだと“成長した”世界が気づく頃に、君は計り知れないほど貴重で、新しい技術の情熱的なマスターになっている。

ファンタジーなんかじゃない。めちゃめちゃ成功しているユーチューバーの一団がいる。彼らのほとんどは同じ方法で今のポジションを獲得した。つまり、誰よりも先に始めたってこと。初期のブロガー、ラッパー、そしてビデオゲーム・デザイナーも同様だ。

もしも君が急速に成長している何かを見つけて、早い段階でそれに習熟できれば、驚くほど簡単に秀でることができることに気づくだろう。なぜなら競争がないからだ。そして、そこに君の情熱が宿る。

オプション3: 凡庸を組み合わせる

教育の限界の一つは、君のスキルを狭めるように設計されていることだ。教育は通常、君の“もっとも優れた”一つを見つけ、君が耐えられる限界までそれを伸ばそうとする。



本質的な問題は僕らの大半が、ある一つの分野で一番になれないことだ。だけれど僕らも自分のコンビネーションの中では“例外”になれる。

たとえば君が、まずまずのユーモアを持ち合わせた平均的なアーティストだとしよう。音楽の学位では大した期待も抱けないし、“ユーモア”は科目として学ぶこともできない。だけれど、優れたマンガ家にはなれるかもしれない。

いくばくかのプログラミングスキル、なかなかの営業スキルのある経営専攻の学生の場合はどうだろう。この手の人間は他人の上につくのに向いている、他の分野では負けていたはずの他人だ。

もっとも成功している人々はほとんどの場合、ひとつのスキルで定義されない。彼らはスキルの組み合わせであり、たいていの場合それほど例外的なスキルではない。ようするに、彼らは組み合わせを例外にしたのだ。スティーブ・ジョブズは世界でもっとも偉大なエンジニアでも、セールスパーソンでも、デザイナーでも、ビジネスマンでもない。だけれども彼は、こうしたすべてに精通し、より飛びぬけたものへこれらを織り上げたのだ。

情熱を見つけるための最後のルートは、スキルを組み合わせより価値の高いものに変えることだ。情熱は成功からやってくることを忘れないように。もしも新しい組み合わせが君によりよい結果をもたらすようなら、それが情熱になる。

なぜ情熱が大切なのか

情熱は魅力的だ。自分がなにかに異常に優れていると信じることから情熱はやってくるように、情熱的であることは、とても誠実に「ところで、俺ってすげえんだ」と言える事だ。


情熱は人びとを君に従わせる。君を信じさせる。しかし最も重要なことは、情熱は君自身を納得させることだ。情熱は君をクレイジーにして、尻を叩くよう仕向けるように意図された感情なのだ。なぜなら君の脳は君の世界を左右できると信じているから。愛と同じように、戦うに値する感情なのだ。

そして愛と同様に、僕らが情熱的でいることは運命に翻弄されることなんかよりも重要なのだ。もし君がまだ情熱を見つけられずにいるなら、新しいものを創れ、流行の先頭に立て、そして新しいコンビネーションを組み合わせろ。だけれど、絶対に探すことを止めてはいけない。

著者(Author):Oliver Emberton
(元記事:How to find your passion - OLIVEREMBERTON)

※大筋の本意が伝わればと思い、爆速で平易に訳しているので、多分に意訳を含んでいます。誤訳や内容での指摘があればコメントお願いします。

2014年10月8日水曜日

【翻訳記事】みんながもっと旅をすれば、世界はより平和な場所になる


幼いころから、いつも遠くの場所へ旅に出たいと夢見てきたんだ。心はいつだって訪れたことのない土地を歩いてた。未だ見ぬものに身を預けること以上に心躍ることはないし、不思議なことに旅をしているときほど心穏やかなこともない。

あたかも遠くへ行けばいくほど、宇宙のリズムとシンクロするかのように。きっと冒険したいという、この欲求は純粋に流浪の精神を持った人々が持ち合わせる上質な特徴なのかもしれないし、単に若さの産物なのかもしれない。いずれにしても、僕のような人は少なくないはずだ。

これと似たような精神性にあらゆるところで出逢った。きっとあなたも、折に触れ、奇妙すぎるような状況で出逢うことがあるだろう。

一度こんなことがあった。4日間のスコットランド高原ハイキングの前、僕と友達はスタート地点へ向かう道の途中でイタリア人のソロ・ハイカーに出くわしたんだ。あの出会いはまさしくセレンディピティという他ない。

ざっくばらんな会話を五分間ほどした後、共にハイクをするという無言の合意に達したことは明らかだった。

次の四日間、僕らはずっと共にいたんだ。食べ物、補給品、そして寝床をシェアして。一緒に高原の神話的でさえある美しさに見惚れ、一緒に木々の中で歌をうたい、一緒にスコットランドの星空の下でウィスキーを飲んだ。

ハイキングが終わったあと、僕らは別々の道を行った。そして僕と友人はそれ以来イタリア人のハイキング仲間に会っていない。

故郷を離れてしばらくすると、僕と同じように旅への情熱にとり憑かれた人びとを見分けることができるようになった。彼らは今まで気づくことのなかった―道の兄妹/姉妹―友人だということ。

彼らの多くはしばしば完全な他人だけど、ふとした瞬間、旧友のように感じるんだ。見知らぬ人には用心することを教える世界において、彼らは事もなくあなたの信頼と親交を手にするだろう。

これが旅が人びとにもたらす効用だ。あなたの心を世界に向け開く。あなたが心を開けば、その場所もあなたに心をひらいてくれるだろう。より多くの人が旅をするなら、世界は必ずより平和な場所になる。

まだ若く自由なうちに旅にでよう、いつかできなくなるから
もし君が22歳、身体は丈夫で健康、学びに貪欲で向上心を持つなら、できるだけ遠く、できるだけ広く旅することを強く勧める。どうやって他の人びとが料理を作り、食べ、そして生きているのかを見つけよう。どこへ行こうとも、彼らから学ぼう。(アンソニー・バーデン)
不幸なことに、高くついたり時間を食ったりで、僕たちの多くにとって旅は選択肢にならない。若者にとって、特に前者のお金はよりネックだ。だけど方法はないわけじゃない。生活が確立されている人にとっては、仕事、家族、そしてその他もろもろの責任があって旅に出られない。

純粋な旅をすることが可能な小さな狭間が人生にはある。君のたった一つの責任が世界の自発的運動に身を任せ、差し出され、教えられるその全てに身を投じるときだ。全ての若者には拘束されない冒険への説明のつかない欲望があるものだから、見て見ぬふりするのはやめよう。

もしまだ君が驚嘆するほど美しく、ダイナミックなこの地球を探検するチャンスを逃しているなら、私は強く勧める。今すぐに現在の快適な環境を飛び出すことを。

境界は幻想だ

グローバル化し結びついたこの世界で、旅をすることの重要性は日に日に増している。グローバル・コミュニティにあって、僕らの運命は今までのどんなときよりも本質的に結びついている。地球の市民の間で団結を高めるような方法を見つけることは不可欠で、さもなければ疑う余地もなく僕ら自身が崩壊への触媒になってしまう。

地図上の境界は歴史を反映したものにすぎず、だいたいにおいて戦争や紛争の産物にすぎないことに気づかなくてはならない。参照点として多少なりとも便利かもしれないけど、人類の複雑性については何も語ってくれない。

旅の体験が変わっていくように、地球との関係性も年々、変わってきている。例えば、五歳児にはシスティーナ礼拝堂の背景にある歴史やその美しさを味わうことはできないだろう。だけど、大人だって同じだ。いつまでも地球の神秘さに気づかない。

どこに住もうと、何語を話そうと、他人が彼らをどう認識しようと、全ての人は根源的に自由に、そして幸福に生きたい。

国境とナショナリズムの支配下にある世界においては、文化相対主義は不可欠なコンセプトだ。

これを強調したうえで、この認識を得るために他の国へ移住したり旅する必要は必ずしもない。だけど、世界中には自分とまったく違う生活を送っている人が何百万といることは忘れてはならないだろう。

自文化と異なるからというだけで、自分の文化が“正しい”とは限らない。善悪の規準は主観的なもので、たいていは歴史と地理の産物だ。

アメリカ出身の人にとって、これを理解することはすごく大切なんじゃないかと思っている。僕らの国は世界のどの国にもましてパワーと影響力を持っている。もし僕らが外の世界を理解しないと、巻き戻せないくらいの混乱を生むかもしれない。あらゆる点で、もうすでに僕らはこれを犯しつつある。

旅は共感と寛容をうむ
目を閉じていれば、生きることは容易い。(ジョン・レノン)
旅は自分以外の人びとの何気ない生活にあなたの目を開かせる。他の文化の美しいほどの複雑性を明らかにし、あなたのなか深くにある多様性に対する審美眼を養う。

同じように、より多くのアメリカ人が旅をしたならば、外の世界に住む人びとをより深く気にかけるようになる。これはアメリカの外交政策におけるより大きな公的関わりに寄与するだろう。簡単に言ってしまえば、世界に対するより深い理解があれば、アメリカ人が馬鹿げた政策をサポートすることも少なくなるということだ。

世界のアメリカに対するイメージに正直でいることも同様に大事だ。アメリカの国外活動のせいで、世界の多くの人は僕らの国に好意的じゃない。僕の経験からいうと、ほとんどの人は国民よりも政府に責任を求めるくらいには洞察的だ。

世界のできるだけ広い範囲を旅すること、そしてこの国のために善行の大使になること。アメリカの正しい本質(友好的で楽観的な人々から成る)に世界の目を向けること。世界の大半の国がそうであるように、僕らにも多くの欠陥がある。だけど旅はそういったものを治癒するのに役立つ。

外国を旅するとき、他の文化を理解することに誠実に取り組むべきだ。単なる観光者に成り下がるのではなく、旅行者になる。文化のスポンジになろう。帰国したあとは、何を学んだのかを周りに伝えよう。

自分がどこからきたのか知るために旅にでよう、僕らは皆ほんの少しの自己反省が必要だ


現在、アメリカは数多くの難しい国内問題に直面している。二大政党からなる僕らの政治システムのせいで、国は公民権運動の頃のようにイデオロギー的に分極化している。暗い日々をくぐり抜けるために、僕らには深い自己反省が必要だ。

比較対象がなければ、自分の国や自分自身を真に理解することはできっこない。旅は生きる上でのオルタナティブに目を開いてくれる。

旅をすれば故郷で自分が享受しているものに気付かされたり、何を変えるべきなのかについてのよりクリアーなイメージを得られる。

アメリカ経済は世界の広い範囲の福利に結びついている。だったらまずアメリカ国内の状況を改善する必要がある。前進できない理由としては、政治的スペクトルの両側になかなか克服できない壁があるせいじゃないか。

歴史、地理、文化、そして教育の違いによって異なった地域に住む人々は単純に現実を違うように捉える。これは何も異なった国にのみならず、国内においても同様だ。

アメリカは広大な国で、人も地理も多様だ。僕らは人それぞれが違った考えを持っていることを尊重しなくてはならないし、僕らの意見が他の意見に優っているということもない。

だとすれば、進歩には妥協が伴うことになる。意見が一致しない相手にも共感できるなら妥協は断然簡単なものになる。旅はこうした理解を生む。

さらにいえば、旅は何も国境を越えたところだけではなく、その内でもいい。自分の州の外側に出て、この国が提供するすべてを探検しない限り、国を真に理解できるアメリカ人はいない。自己を孤立させることで助長されるのは誤解だけだし、結果として、憎悪と恐怖が生まれる。

もしより多くの人が旅をすれば、世界が抱える問題が解決されると信じるほど僕はナイーブじゃない。国土や資源に関する論争は尽きないものだし、現在のところ、地域をまたぐ宗教的な緊張が和らぐという見通しもない。

だけれど、旅が少しでも世界に暮らす市民の相互理解の助けになるならば、地球にとっては計り知れないインパクトを持つ。国際情勢で果たす役割を考えれば、とりわけアメリカ人に当てはまる。

アメリカの偉大な著述家マーク・トゥエインがこう記したように:
旅は偏見、頑迷、そして狭い心を解き放つ。こうしたものに塗れた我々にとってはなくてはならないものだ。広く、健全で、慈悲深い人間観や物は地球の隅だけで生育されるものではなく、すべての人々の人生で成し遂げられるものだ。
著者(Author): JOHN HALTIWANGER
(元記事:If More People Traveled, The World Would Be A More Peaceful Place - ELITE DAILY)

※大筋の本意が伝わればと思い、爆速で平易に訳しているので、多分に意訳を含んでいます。誤訳や内容での指摘があればコメントお願いします。

⇒前回の翻訳記事:「人生はゲーム これがあなたの戦略ガイド
⇒「旅」に関連する翻訳記事:「若いあいだに旅をすべき7つの理由

2014年5月29日木曜日

【翻訳記事】人生はゲーム これがあなたの戦略ガイド

スタートを押す

ほんとうの人生とは―まさしく皆がプレイしている―ゲームである。しかし、ときには難しいこともあるだろう。これはあなたへの説明書である。

【ベーシックス(基礎)】

気づいていないかもしれないが、人生は戦略ゲームだ。なかにはダンス、ドライブ、ランニングやセックスなどのたのしいミニゲームもあるが、勝利の秘訣は単純に、自分のリソース(資源、資質)をいかにマネージメントするかにかかっている。

もっとも重要なことは、成功をおさめるプレイヤーは正しいことに時間をつぎ込むということだ。後半になればお金がゲームに作用するが、あなたの最優先事項はいつも時間をどこに充てるかに向いているべきなのである。

【子ども時代】

人生はランダムな性格と状況を与えられ、はじまる。

キャラを選べない

はじめの15年前後はたんなるチュートリアルでつまらない。これは避けられない。

【ヤングアダルト(成年時代)】

若いプレイヤーのあなたにはたくさんの時間とエネルギーがあるが、ほとんど経験はない。歳をとるまで手に入らなかったほとんどのもの―例えば、最良の仕事、モノやパートナーを見つけるだろう。
速くスキルを磨く時間だ。あなたは二度と同じように時間やエネルギーを持つことはない。
今あなたは順調にプレイしている、そして優先事項は時間をできるだけ最適に配分することだ。どんな些細なこともあなたの状況やスキルに影響を与える。(次の画像を参照)

【プログラミング】+コーディングスキル +キャリアの成功 +論理
【飲酒】+健康 +体力 +お金

いささかシンプルに聞こえるかもしれないが、問題はどんなタスクを選べばいいのか分からないこと、そして身体が命令に従わないことがあるということだ。さあとりかかろう!

【命令に従う方法】

おおくのプレイヤーが何をするかを選択するとき―例えば、「ジムに行くこと」―彼らの身体はその命令を無視する。
これはバグ(*1)なんかじゃない。人それぞれに自分では直接みえないような状態がある。つぎの画像を見てほしい。

(*1): コンピュータプログラムに含まれる誤りや不具合のこと。

健康
体力
意志の力

もしあなたの状態を示すゲージのどれか一つが極端に低くなったら、身体はニーズが満たされるまであなた自身の指示に従わないだろう。疲労困ぱいで、お腹もすいているときに勉強してみてほしい。すぐに集中はツイッターへと向かってしまうだろう。

「意志の力」のゲージは輪をかけて重要だ。意志の力は一日を通して下がっていき、食べることで若干補給され、夜の良質な睡眠で完全に回復する。意志の力のゲージが低いときのあなたは、ほんとうにやりたいことしかできない。

あなたが下すべての決断には意志の力がコストとしてかかり、魅力的なオプションを却け、あまり魅力的とはいえないもの(例えば、テレビの代わりにエクササイズをすること)を選ばなければいけないときには多くの意志の力を要する。

行動習慣を正常に維持・継続するためにはいくつかのコツがある:
  1. 状態を高く保つこと。もし空腹だったり、疲れきっていたり、楽しみを完全に奪われているとき、意志の力は崩壊するだろう。常時、自分自身をいたわるように。
  2. 一日に多すぎる意志の力を要求しないこと。厄介なタスクは複数の日に分散させ、楽なタスクとミックスさせよう。
  3. もっとも重要なタスクからとりかかろう。こうすることで他のタスクがより難しくなるが、トップのタスクを確実に終えられる。
  4. チョイスを減らすことで意志の力のムダ使いを減らすこと。もしもフェイスブックにアクセス可能なコンピュータで作業していたら、より多くの意志の力が必要になる。なぜなら、絶えずあなたは難しいタスクを置いて、簡単な方をを選んでしまうからだ。気が散ることは除去しよう。
ゲームをプレイする上でキーとなるのは、身体の状態を把握しながら競合する優先事項にバランスをつけることだ。機械的にやるのはよくない、それでは何も終えることができない。

【正しいタスクを選ぶ】

正しいときに、正しいタスクを選ぶことがゲームの要諦だ。
いくつかのタスクはかなりの程度であなたの状態に影響を与える。例えば...

食べること 
+エネルギー 
ー空腹

他のものはあなたのスキルに影響する:

ロック 
+音楽の才能 
+フェイスペインティング

健康状態を保つために時間を使う必要がある―たとえば、食事や睡眠―そうすれば意志の力を高い状態で維持できる。それから、自分自身と相談しながらスキルを向上させよう。いくつかのスキルは他のものに較べ、価値が高い。良いスキルは道を大きく切り開いてくれるだろう。たとえばテックツリー(技術の木):

コンピュータ・スキル
映画製作者、プログラマー、ウェブデザイナー
→Facebookの発明者
→億万長者

他のものは行き止まりだ:

ヒザでボールをリフティングすること

スキルを組み合わせることがもっとも効果的だ。一つのスキルを最大限活かすのはとても難しい―じじつ、大体において不可能だろう。だが、ある程度の相似的なスキルを組み合わせることで何か大きなものに到達するのが容易になるだろう。例えば、

ビジネス+自信+心理学
=アントレプレナー(起業家)

料理+ダンス+心理学
=男からモテる

これをみるといかに心理学があなたを金持ちや魅力的にするかが分かるだろう?これを学ばない手はない。

【どこに住むか】

環境は絶えずあなたの状態、スキル、そしてレベルアップの機会に影響を持つ。

ゲームをうまくプレイにするにはどこでもかまわないが、特定の場所でやった方がうまくいくのは確かだろう。もしあなたが女性で、間違った国にいたのなら、多くの達成は成し遂げられないだろう。

はじめから最適な場所に産まれ落ちる可能性は実質ゼロだろう、ならば選択肢について調べ、早く移動することを考慮すべきだ。場所というものは状態やスキルを倍加させてくれる。

【パートナーを見つける】

人を惹きつけられるかどうかはそれ自体でかなり複雑なミニゲームであるが、たいていは既にゲームをプレイしているそのやり方の副産物だろう。もし状態が上向きで、高いスキルを持つなら既にかなり魅力的だと言える。疲れていたり、苛立っていたり、スキルが未熟なプレイは魅力的に映らない、そしておそらくそういう人は異性との関係を求めるべきでないだろう。

●目標達成
幸福+1
頭痛✕2

ゲームのはじめの段階では拒絶したり、ほかのプレーヤーに拒絶されたりということはよくあることだ。これは至って普通のことなのだが、不幸なことに多くのプレーヤーは拒絶の扱い方をよく知らないために状況に悪影響を及ぼすことがある。前へ進み続けるためには意志の力を拡張する必要があり、意志の力は睡眠によって補完されるので、十分な時間を取るべし。

出逢いの80%というのはあなた自身の魅力に帰結し―人生の大半がそうであるように―正しい時間を正しい場所に注ぐことを意味する。エクササイズ、社交的な交際、キャリアの充実、といったものは自動的にあなたの魅力を引き出すだろう。残りの20%は単純に正しい人々に出会える場所に自分の身を置くことだ。

【お金、お金、そしてお金】

ゲームがある程度進行すると、「お金」と呼ばれる新たなリソース(資源)をマネージメントしなくてはいけなくなる。多くのプレイヤーは早い段階でお金が増えることを経験するが、これは実際、多くの問題を生むこととなる。


お金に関してもっとも重要なルールは決してそれを借りてはいけないということだ。ただし、いずれ借りた以上の価値になるであろうものは例外だ。例えば、教育や抵当はそういう価値があり得る(だが必ずしもそうとはいえず、どういった教育や抵当かにもよる)。新しいシューズを買うために借りるのは筋が違う。

財政的な野心に応じて、心に留めておいてほしいいくつかの戦略を記しておく:
  1. お金で気を揉んだことがない。低ストレス戦略:単純に自分の財力の範囲内で生活し、万一に備え幾ばくかの蓄えを持つこと。余裕があるときにはいつでも節約を心がけておく、そうすれば後悔もせずに済む。
  2. 裕福。キャリアや環境を注意深く選び、絶えず上へ行けるように準備をしておこう。相性の良いスキルにかなりの投資をしなくてはいけなくなるだろう、そしてそれは時間を要する。状態をむやみやたらに酷使しないこと、さもないと燃え尽きてしまうだろう。
  3. 超大金持ち。自分のビジネスを始めよう。誰かの下で働いて、金持ちになるのはほとんど不可能だ。金持ちとは労働単体から成るものではなく、資産を所有することから来て、それはコスト以上のものをもたらす。自身の会社を持つことは強力な資産になるし、それはゼロから作ることができる。獲得物をより多くの資産と組み合わせていけば、最終的に働く必要性を取り除いてくれるだろう。
【人生の後半】

ゲームが進行すれば、残されたオプションも変化していく。結婚や子供は時間やエネルギーを奪い、ゲームにランダムな要素をもたらすだろう。(「たいへん!オムツ替えて!」)。これらのことはあなた自身をより早く成長させることを難しくする。

歳をとったキャラクターはたいていより多くのスキル、リソース、そして経験を持ち、以前では不可能だったクエスト(*2)を成し遂げる。例えば、「家を持つこと」や「(優れた)小説を書くこと」。

(*2): 「クエスト」とは冒険、探検という意。RPGでは「プレイヤーに課された任務」を意味する。

●目標達成
聴力ー1
履き心地の良いスボン+10

全てのプレイヤーは約29,000日、もしくは80年の後、死ぬ。状態やスキルが良好ならば、もう少し長く生きれるかもしれない。これを引き伸ばすチート(*3)は存在しない。

(*3): 「チート」とは不正行為の意。テレビゲームでは改造機を使って、正規のプログラムから逸脱したプレイをすることを意味することがある。

ゲームのはじめでは、自分が誰なのか、ここはどこなのか、そういったことにあなたのコントロールは及ばない。ゲームの最終局面に至ると再び同じことが起こる。過去の決断は劇的にあなたがどこで人生を終えるのかを規定する。幸せなのか、健康なのか、満足しているのか、こういったことに対し、晩年あなたにできることはほとんどない。

だから戦略は大切なのだ。なぜなら、私たちのほとんどは人生とは何かについて理解したときには、最高の場面はすでに過ぎ去ってしまっているのだから。

さあ、最高のプレイを。


著者(Author):Oliver Emberton

※大筋の本意が伝わればと思い、爆速でザックリとに訳しているので、多分に意訳を含んでいます。誤訳や内容での指摘があればコメントお願いします。なお註釈は、僕が個人的に加えたものであり、OLIVEREMBERTONの原文にはありません。


2014年1月2日木曜日

【翻訳記事】ハーバードの卒業生を75年間追跡調査してわかった、幸福な人生を送る方法


2009年6月、『The Atlantic』は表紙で大々的に、人間の形成過程を追った最も長い調査のひとつである「グラント・スタディ」を扱った号を発刊した。

このプロジェクトが開始されたのは1938年。ハーバード大の卒業生の男性268名を75年にわたって追跡調査し、人生の繁栄にとって何がもっとも大切な要素なのかを見極めるために心理的、人類学的、またはその人の性格やIQ、飲酒習慣、家族との関係性、はたまた陰嚢(註1)の長さに及ぶ身体的な特徴など驚くべき広範囲で調査は行われた。

註1: 陰嚢とは精巣(睾丸(こうがん))を包む皮膚の袋。

つい最近、この調査を30年以上に渡って主導してきたジョージ・ヴァイラントは研究から引き出された洞察をまとめた『経験の勝利』を出版した。その本の中でこのような一節がある「酒が大きな破壊を導く不秩序の原因である」。グラント・スタディの中で明らかになったのはアルコール(飲酒)が離婚の最も多い要因であったということ―これは神経症や鬱とも強い関係性がある(飲酒の度合いが過ぎると上記の症状を起こしやすい)。加えて、喫煙も悪い要因となりうる―タバコ単独でも種々の病気の罹患率を高めるし、寿命を縮めることになる。ある一定のレベルを越えると、知性は関係なくなるのである

IQ数値が110〜115の男性とIQ数値が150以上の男性の間の生涯年収に有意差は認められなかった。年老いた自由主義者はより多くのセックスをする。政治的イデオロギーは人生の満足度とそれほど関係がないようだ。しかし、最保守層の男性が女性と肉体関係を平均68歳で断つのに対し、最もリベラルな層の男性は80代に入っても活発にセックスを行なっていた。「泌尿器科医に相談してみたんだ」ヴァイラントは語る。「だけど彼らにはまったくもってなぜか分からないらしい」。

ひるがえって、ヴァイラントが立ち返り強調するのは"老年期の健康"と"あたたかな人間関係"の強力な相関性が幸福を形成するということである。2009年に出版された『The Atlantic』紙上の記事への批判を受け、1960年代より集積してきたデータを見直した結果、以前にも増して人との関わりが人生で最も大切な要素であることを確信していった。

たとえば、「あたたかな人間関係」という項目で最高得点を獲得した58歳の男性は給与が最高に達する時点(一般的に55歳から60歳の間)で最低得点をだった31歳の男性よりも平均で年間141,000ドルも多く稼いでいた。前者は後者に比べ、職業上で3倍ほどの成功を上げており、これはWho's Who(註2)に収まる価値がある。

註2: 米国の出版社による紳士録。1899年以降の著名人を収録。

導かれた結論はきっとフロイトを喜ばせることだろう。研究結果によると、母親とのあたたかな関係性が大人になった後も持続的な影響を持つというのだ。具体的には:
  • 母親とのコミュニケーションが希薄だった男性に比べ、母親と親密な関係を持って幼少期を過ごした男性は平均で年間87,000ドル多く稼いでいた。
  • 母親との関係性が乏しかった幼年期を過ごした男性は認知症にかかる可能性が圧倒的に高かった。
  • 職業上の生活も半ばを過ぎてくると、父親ではなく母親との幼年期の関係性が仕事での能率性に影響を与えていることが明らかになっていった。
  • 一方で、父親との良好な関係は大人になったときに不安感を抱きにくくなり、休暇により多くの楽しみを見出し、75歳時点でより多くの満足感を人生に覚えている。逆に、母親との幼年期におけるあたたかな関係性は75歳時点の人生における満足感にはそれほど大きな影響を持っていなかった。
ヴァイラントの研究におけるキーワードは彼の次の言葉に集約される。「この75年間とグラント・スタディに費やされた2,000万ドルはたった5つの言葉からなる結論に行き着く」:「幸せは愛である。たったそれだけ(Happiness is love. Full stop.)」


著者(Author):Scott Stossel

※大筋の本意が伝わればと思い、爆速でザックリとに訳しているので、多分に意訳を含んでいます。誤訳や内容での指摘があればコメントお願いします。なお註釈は、僕が個人的に加えたものであり、BUSINESS INSIDERの原文にはありません

2013年12月15日日曜日

【翻訳記事】スタンフォード大卒の才女が、イケてる男に見出す10のこと


私は男が大好きで仕方ないの。彼らの動き方、座り方、そしてキスの仕方も。

男たちがエアギターをやったり、『ウェディング・クラッシャーズ』(註1)のセリフを引用したり、グリルで焼いてくれたり、そして一緒に大騒ぎしているのが大好きなの。

(註1) 『ウェディング・クラッシャーズ』(Wedding Crashers)は、2005年制作のデヴィッド・ドブキン監督のロマンティック・コメディ。(Wikipediaより)

贔屓にしているスポーツチームが負けたときに愚痴ってたり、私たち(女性)にクールな視線を投げかけようとしてたり、犬と戯れているのも好き。カーステレオの音楽に乗りながら軽妙に車を運転して、可愛いらしい女性に釘付けになっていたり、でもなにより彼らが純粋に良き恋人でありたいと望んでいることが愛おしい。彼らが私といかに違うか、そして根底ではいかに同じような生き物であるかを知るのも好きなの。
誤解しないでほしい―私だって腹筋がバキバキに割れた男も好きよ。でも本当のところ、何が良い男の条件をつくるのかを考えたときにパッケージ(外面)はそれほど関係がないっていうこと。
外見以外の面で私がカッコイイと思う男にまつわる10のリストを作ってみたわ。

10 私を抱え上げてくれる
-Lift Me Up

私を抱え上げ、グルグル回ってくれる男。もしくは腕と足を包み込んで、きつく抱きしめてくれる人にはいつだって心奪われる。時と場合にもよるけど、これがもっともセクシーで、快適な、そしてエロティックな体験の一つだと思うの。たとえ付き合っていなかったとしても、私はいつだって幸福感、自由、そしてフェミニンな感覚を感じれるの。
おそらく自分がいかに小さく、か弱い存在であるかを思い知らされる瞬間でもあると思うの。きっとそれは官能的でいて、私たちが自発的になれる体験、もっと言えば一瞬のうちに私たちの身体が一つにつながり合うことを知ることさえできると思うの。もっと簡単に言えば、単純にあなたが私よりも大きいということ。
まあ何にせよ、カッコイイな〜と思うの。

9 ドアを開け、席を譲ってくれる
-Open Doors & Give Up Seats

「私は男性に紳士さを求めるのは古い」って聞くのが大嫌い。今だってあると思うし、魅力的だと思うわ。とくに若い世代には。
何にもまして、このことには自信があるの。ニューヨークの地下鉄では何人もの素敵な紳士(女性も含めて)が高齢者に席を譲ったり、他人のためにドアを開けたり、重いスーツケースを運ぶのを手伝っているのを見かけたことがあるし、私自身もそのような体験があるの。そのような人に私は敬意を払うし、感謝もしてる。
なかには男性がドアを開けるのを嫌う女性もいる。彼女たちは自分でドアも開けられないのかと解釈して、自立心に欠けていると思われたくないんだと思う。
私はそうは思わないわ。私は男の人が重いショッピングバッグを代わりに持ってくれたり、行列で先に行かせてくれたり、ドアを開けてくれたり、荷物を運んでくれたり、そういう心遣いが好きなの。
もちろん、そんなの自分自身でできることなんて分かってる。何度となくそうしたことだってある。だけど誰かが手を貸してくれたときに、私の人生はほんのちょっぴり楽なものになるのよ、本当に。助けてもらって生きてるんだなって、感じるの。とくに都会では多くの人たちが大半の時間をヘッドフォンをして過ごして、周りの人たちに気を払わない、だからこそ他人が自分に気付いてくれているということが嬉しいの。
紳士的な男の人たちが発する「あなたを見ているよ」「あなたが気になる」そういった無言のメッセージに触れて、生きていることを実感することだってあるの。
こんなこともあった。席を譲ったばかりの男性がコチラへ向かって歩いてきたの。彼はとても力強く、いきいきしていて、信頼できそうな男だった。まさしく男の中の男って感じたわ。


8 真夜中にいきなりセックスを始める
-Initiate Middle-of-the-Night Sex

あなたが“アレ”の正しい(ゆ〜っくりと、柔らかに、そしてジェントルに)やり方を知っていれば、それが世界でもっともセクシーなことの一つだということは間違いないと思う。無意識と、意識が芽生える、その中間で“触られている”感覚が好きなのよ。溶け出していくかのような暗がり、眠りに落ちそうな愛撫、夢の延長線上のような状態で、いつあなたが止め、いつ私が始めるのか分からないような状態がたまらないの。
ゆっくりとした時の流れの中で、私がなにもしなくても良いように気を遣いながら私の身体の位置を動かしてくれるのが好き。シチュエーションをガイドしてくれて、優しく、だけどしっかりとコントロールしながら。私はなにも考えずにただ横になって、楽しむだけでいいの。
うん。お願い。何度も何度も。そして日曜日は3回ね。

7 困ったときに助けてくれる
-Deal With Sh*t

私はいくつかの才能があるの。5ヶ国語を話せること。良き書き手であること。繊細に他人に共感を寄せられること。トリビアル・パスート(註2)だって抜群にうまい。タンゴだってプロと遜色がないくらいに踊れるわ。

(註2)Trivial pursuit(トリビアル・パスート)はボードゲームの一種。プレイヤーの一般的知識や文化についてのクイズに答える能力によって勝敗が決まるボードゲームである。(Wikipediaより)

だけどもっと実務的なこと、常識とかそういうことに疎いの。電球だって辛うじて換えられるくらいだし、言うまでもなく家電の修理なんてお手上げよ。

だけど私の男のルームメイトならできるの。白状するわ、それがセクシーなのよ。ある日、家に帰ると何ヶ月も(本当に何ヶ月もの間なの!)切れていた電球が取り換えられてたの。どうやったのか彼に尋ねると、返ってきたのは「ワ~、ワ~、ワ〜」というチャーリー・ブラウンのお母さんのようなことだけ。別に気にしなかった。私が気にしたのは、リビングにあるモノ見えるってことだけ。

「やるからさ、信じてよ」っていうのは決まり文句っていうのは分かるわ。だけど、なんでかは分からないけど男性がまったく特異なものっていうことにも深い満足感を覚えてしまうの。彼らが得意でないことを私が事も無げに成し遂げるのも好きだけど、彼らが何の努力もなしにラクラクとこなせることを、私は理解することさえできないこともまた好きなの。私を褒めてくれることを褒めてあげる。困ったときに助けてくれるから、私はリラックスしていられる。

とってもカッコイイわ。

6 私が取り乱していても、冷静沈着
-Be Super Solid While I’m Freaking Out

私がなにかにひどく取り乱しているときに、(それが正当かはひとまず置いて)私はすぐには冷静にはなれない。指図も受けたくないし、アドバイスもいらない、そして「落ち着け」だなんて絶対に誰にも言われたくない。
ただ側にいてほしいだけなの。
そうよ、私は暴走機関車に乗ってる。誰にも停止してほしくないし(どっちみちそんなことできっこないけど)、私がそれに乗っている間、ただ横に一緒に居てほしいだけなの。孤独でないことだけ分かればそれでいいのよ。
だから、静かに話を聞いてくれて、それほど深刻に考えすぎずに、冷静にいてくれるのが信じられないくらいカッコイイの。彼のその堅実さがカッコよくて、彼の存在がカッコよくて、彼の自然な立ち振舞がカッコイイの。私が取り乱しているいるのを見て、一緒に不安を覚えるんじゃなくて、私のそんな様子をみて楽しんじゃうくらいの人はとってもとってもカッコイイ。
いずれにせよこの手の男は例外だと思う。
だけどカッコイイの。

5 子供と遊ぶ
-Play With Kids


純粋に子供と楽しみながら遊んでいる男性は魅力的に映るの。ただたんに女性の印象を良くしようとして偽ってるのは最低よ―もちろんそれが明らかになってときには印象は地に落ちるわ(男性のみなさん。覚えていて、私たちは生物学的に偽っていればすぐに分かるのよ)じっさいに子供を心の底から愛している男性というのはカッコイイの。そういう男性を見分けるのはきっと原始的かつ基本的で、動物的な勘かもしれないけど、そんなのいいわ。「あら、まあ。見てみなさいよ、子供とあんなに楽しそうにしてる」みたいな甘い瞬間なんかじゃなくて、理屈を抜きにして、惹かれるの。(文字通り、鼓動が早くなるのを感じるの)あなたと一緒に子供を作りたいというよりも、子供たちをあなたと一緒にいさせたいと思うの。

(な〜んてね、冗談よ)

4 感情の起伏を受け止めてくれる
-Accept Emotions

この前、男友達に「向かってる」って電話してたとき、私のテンションがあまり高くなかったの。少し悲しくて、苛立ってた。それで言ったの「初めから断っておくね。今日はあんまり楽しめないかも。だけど、テンションあがるように頑張るから」 
そしたら、彼はなんて言ったと思う? 
「そうなれば最高だね。そうじゃなくても最高だよ。何で落ち込んでるのか分からないけど、とりあえず、おいでよ」 
受け入れられている感じがして、泣き始めちゃったわ。大丈夫だって分かってたし、もし大丈夫じゃなくてもそれで私が責められたりすることもないって分かってた。私は真実を話すことができたし、そこに彼はいてくれた。 
私を面倒だなんて微塵も思ってなかったの。 

男性が女性のもしくは自身の起伏に反抗するのをみると、私は不快になるし落ち込みさえするわ。胃袋がムカムカして、耐えられなくなるの。私の経験からして、多くの男性(多くの人、だけどとりわけ男の人)は恐怖、怒り、悲しみといった感情の揺らぎを前にすると脅威を感じてるみたいなの。直ちにそうした不安をなだめ、取り除こうとする。彼らからすれば、女性がアンハッピーだというのが耐えられないんだと思うの。彼らにも責任が及ぶのではないかと危惧しているのよ。 

一方、あらゆる面から私を受け止めてくれる人もいる、何も楽なものだけでなくてね。彼は感情との過ごし方を学んでいるの―ただ共にするということ。それを払いのけたり、何かに変える必要性がないことも知ってるの。彼はただ受け止め、純粋に知りたがるの。

彼と一緒にいるとき、私は深い安寧を覚えるの。私のすべてをさらけ出しても、彼がすべてを受け入れてくれることが分かるの。彼が私をどう思うかなんて気にせず、私自身でいれるの。
彼が私を知ろうとすればするほど、私も彼を知りたくなるの。

聖書にもそう書いてあったわ。

3 友達を大切にする
-Care About His Friends

前の彼氏とは徐々に恋に落ちていったの。はじめはある夜のことだった。彼がおじいさんを失くしたばかりの親友に電話をかけている間、私は彼のトラックの荷台に腰掛けてた。彼は熱心に耳を傾け、ときおり相槌を打ちながら、他の家族のことも気にかけながら、彼もおじいさんに世話になったことを伝え、すぐに電話を切ったの。
ほんのわずかの間だったけど、本当に心のこもった会話だったの。彼が心から友人を気にかけていることが手に取るように分かったの。だけどそれは私が自分の女友達に対する気持ちとは全く違うものだったの―自分が少し恥ずかしく思えた。
電話のあと、私がすごく甘えたから彼はひどく驚いたと思う。一瞬の間に、いや一瞬もなかったかもしれない、私はトラックの後ろで彼に襲いかかったわ。


2 信条を隠さない
-Show His Backbone

もしあなたが男なら、私に弱さを隠さないでほしいの。姪へのプレゼントのぬいぐるみをパンダにするか、クジラにするか、とっても悩んでいる男性が可愛くて仕方ない。過去の辛い思い出を話してくれること、今日のプレゼンテーションがうまく行かなかったこと、私にくれたネックレスをどれだけ私に気に入ってもらいたいかを白状してくれることを、正直に語ってくれるのは楽しみでもあるの。

私はそういう瞬間を大切にするわ。

それから、頑固な男も嫌いじゃないわ。筋の通らない敵意は好きじゃないけど、彼自身の明確な境界を持ってスイッチの切替が出来る人は嫌いじゃないの。自分の代わりに週末に働ける人を見つけてほしいと上司に堂々と言える人はカッコイイわ。チーム内にいる怠け者を断固として許さない態度や、静かな口ぶりで断固として弟に車を貸すことを拒む男も。(前回貸したときに、飲酒運転をしでかしたから)私に対してさえそうあってほしいの。彼の中で、「NO!」という反抗の炎が灯るのを見るのが好きなの。

じっさいのところ、彼の「NO!」は私の「YES!」なのよ。

Yes、Yes、Yessss。

1 話を聞いてくれる
-Listen

カッコイイ男性はいつだって私に耳を傾けてくれる―私の全てに。彼のすべてと一緒に。

まったく聞いてくれない男性もいる。彼らはほんとにそうなの。自分のことばっかり延々と話してるの、なんども流れてうんざりするCMみたいにね。私がうんざりしているのに気づくと、何があったんだろうってソワソワし始めるの。こういう奴らが「ウザイ奴ら」の典型よね。

ほかの男はというと、のめり込むかのように私の話に耳を寄せるの。私の話を聞くことに集中するあまり、自分自身を見失ってるの。どういうことかというと、いかに自分が話を聞いているかを分かってほしいだけなのよ。まあこういう連中は、典型的な「良い奴ら」と言えるかもね。

いずれにせよ、どちらもイケてないわよね。

こういう男もいるの。彼自身のコアをしっかり維持しながらも、私のためのスペースも空けてくれている。

この手の男は一緒にいてくれるだけで、素の私を引き出してくれるの。彼は次に何を言うべきか、私が彼を好きかどうか、どうやって私を泣き止ませるか、次に何をすればいいかなんて考えてないの。彼はただ私を見つめ、話に耳を傾け、私のペースに合わせてくれる。彼は時を無理やりコントロールしようとせず、流れに反抗しないの。こうやってシチュエーションをリードしてくれて、私は何も心配しなくてもいい。すごく心地がいいのよ。

こういう男は私が何を言っているのか、何を言っていないのかをしっかり聞いてる。ようするに頭だけでなく、心でも聴いてくれているの。心で、感情で、好奇心で、魂を寄せて聞いてくれるの。タイミングよく質問もしてくれる。だって彼は単純により深く私を理解しようとしてるから。どこかへ連れ出そうだなんて考えずにね。彼は全身全霊で、私のすべてに耳を傾けてくれるの。

彼と一緒にいるとき、私はすごくリラックスできるの。もっと余裕を持って、流れに身を任せられるの。自己を意識することなく、自分を自然に表現できる。
敏感にならずに、感情的でいられる。完璧でなくとも、美しくいられる。守られてるって感じれる、見守られてるって、輝いてるのが分かる。
言い換えるなら、自分が女なんだって分かるの。男の人と一緒にいる。
それってすっごくセクシーだと思うのよ。

著者(Author):Melanie Curtin
スタンフォード大コミュニケーション学(学士・修士)


※大筋の本意が伝わればと思い、爆速でザックリとに訳しているので、多分に意訳を含んでいます。誤訳や内容での指摘があればコメントお願いします。なお註釈は、僕が個人的に加えたものであり、Lifehackの原文にはありません。