Each day is a little life: every waking and rising a little birth, every fresh morning a little youth, every going to rest and sleep a little death. - Arthur Schopenhauer
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2015年1月1日木曜日

2014年に読んだ170冊から選ぶ10冊のブックレビュー


さくねんにも書いた「2013年に読んだ250冊から選ぶ10冊のブックレビュー」に引き続き、今年も読んだ本の中から10冊ほどのレビューを。

鎌倉の山奥の別荘のウッドデッキに吊られたハンモックにゆらゆら揺られながら、書いています。

フリーターだった昨年から読書量は80冊ほど減ってしまい、十分な読書時間が確保できませんでした。
主に移動中の電車内で読むことがほとんど。
ブログのエントリー数自体も劇的に減ってしまいました。

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1. 『動きすぎてはいけない―ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』千葉雅也著

動きすぎてはいけない: ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学

この本で掲げられるテーゼは「接続過剰つながりすぎの世界から『切断の哲学』へ」。
詳しくは1月にブログを書いているので、詳細はそちらに譲るとして、のちに表象文化論学会の学会賞と紀伊國屋書店のじんぶん大賞を受賞なさったんですよね。
現代思想の学術書としては(分厚さや値段なども勘案すると)ある意味快挙というか、83年に当時26歳だった浅田彰さんが書いた『構造と力』に通ずるところがありそう。
構造と力―記号論を超えて構造と力―記号論を超えて
浅田 彰

勁草書房
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というか、当の浅田さんも本著の帯に推薦文書かれているんですよね。
ドゥルーズ哲学の正しい解説?そんなことは退屈な優等生どもに任せておけ。ドゥルーズ哲学を変奏し、自らもそれに従って変身しつつ、「その場にいるままでも速くある」ための、これは素敵にワイルドな導きの書だ。
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2. 『カラシニコフ』Ⅰ・Ⅱ 松本仁一著

カラシニコフ I (朝日文庫)カラシニコフ II (朝日文庫)

異名“アフリカの帝王”・元朝日新聞記者で、90年代には中東アフリカ総局長としてアフリカ報道の第一線に立ち続けてきた松本仁一さんのルポタージュ。
こちらの本も読後に感想などをブログに書いているので、詳細はそちらをご覧いただくとして、全体の読後感がわかる自分の一節を引用。
戦争/紛争の・飢餓/貧困の渦の目にあった“カラシニコフ”に諸悪の根源の糸をみた筆者。前巻でアフリカへ、後巻で南アメリカ、中東へ。カラシニコフが氾濫する世界の紛争地帯へと踏み入り、カラシニコフを追い、その武器に翻弄される人々の人生に肉迫していく衝撃のルポタージュ。一見、複雑きわまりなく混沌とした国際政治の論理。カラシニコフという、旧ソ連の無骨で真面目、愛国者精神溢れる男が開発・設計した一丁の銃から前世紀は新たなる争いへと足を踏み入れていくことになる。
松本さんの本で他にも断然オススメなエッセイとして『アフリカを食べる/アフリカで寝る』を挙げさせていただきたいです
アフリカを食べる/アフリカで寝る (朝日文庫 ま 16-5)アフリカを食べる/アフリカで寝る
松本 仁一

朝日新聞出版
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僕もカンボジアでリアルウルルン滞在記のごとく、縄文時代を思わせる竪穴住居でローカルフード(鶏をその場で絞め、どこの部位とも分からぬ内蔵を生食いしたこと。詳しくは「「首なし鶏マイク」から思い出すカンボジアでの一日」を)をいただいたり経験はいくばくかあるのですが、そんなのヒヨッコだと思わされる逸話の数々が(例えば羊の脳みそなど)。
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3. 『意志と表象としての世界』<1><2><3> ショーペンハウアー著

意志と表象としての世界〈1〉 (中公クラシックス)意志と表象としての世界〈2〉 (中公クラシックス)意志と表象としての世界〈3〉 (中公クラシックス)

これに関しても読了後にブログにまとめているので、そちらを参照ください。
われわれが生きかつ存在しているこの世界は、その全本質のうえからみてどこまでも意志であり、そして同時に、どこまでも表象である。
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4. 『政治の起源―人類以前からフランス革命まで』上・下 フランシス・フクヤマ著

政治の起源 上 人類以前からフランス革命まで政治の起源 下 人類以前からフランス革命まで

これもブログで取り上げて書いてますね。(こうみると前半はわりと備忘録をとっていたようです)
昨年のブックレビューでもビッグヒストリー系ということで、ジャレド・ダイアモンドを取り上げていますが、この本は人類学ではなく、あくまでも政治思想。
続編も刊行予定とのことなので、とりあえず待ちます。
近代の政治制度を構成する3つの要素―強力で有能な国家、「法の支配」への国家の服従、全市民に対する政府の説明責任―は18世紀末までに世界のいくつかの地域で確立された。中国は早くから強大な国家を発展させていたし、インド、中東、ヨーロッパでは法の支配が存在していた。そしてイギリスで説明責任を果たす政府がはじめて出現した。イエナの戦い以降の政治制度の発展においてはこうした制度が世界各地で模倣されたが、まったく新しい制度が追加されたわけではない。共産主義は20世紀に追加を実現しようとしたが、21世紀には世界の舞台からほとんど姿を消した。
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5. 『社会は情報化の夢を見る―ノイマンの夢・近代の欲望』佐藤俊樹著

社会は情報化の夢を見る---[新世紀版]ノイマンの夢・近代の欲望 (河出文庫)

この本自体を直裁的に取り上げたわけではなく、授業で一つのテクストとしてこの本を扱ったときに、そのときに振り返りを残しておく意味で「なぜわたしたちは夢を見続けるのか?―「技術決定論」の解体作業」というブログを書いたので、そちらに詳細は譲るとして、この本を読むことで「情報」という言葉に自己反省させられたというか、無自覚に技術決定論に絡め取られていないかを内省するいい機会になりました。
情報化社会論はいわばその実質を失うことで、つまり空虚な記号になることによって生き残ってきたのである。

そう、それはまるでファウストと悪魔との契約を思わせる。情報化社会論は永遠の若さと引き換えにその魂を売り渡した。情報化社会論が50年間死ななかったのは、それがすでに死んでいたからにほかならない。「生きている死体 living dead」ー情報化社会論がどこかホラー映画の悪夢を思わせるのも無理はない。
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6. 『もっとも美しい数学 ゲーム理論』トム・ジーグフリード著

もっとも美しい数学 ゲーム理論 (文春文庫)

ゲーム理論については大学時代から関心を寄せ続けてきたので、この本は超絶おもしろかったです。
ブログでもけっこう思いの丈を綴っているので、そちらをご笑覧ください。
ゲーム理論は、あらゆる科学(経済学、心理学、進化生物学、人類学、神経科学など)を統合する共通の数学言語を提供しており、これらの科学をパズルの駒のように組み合わせれば、命や精神や文化といった、集団としての人間行動の総体を明らかにする科学ができあがる。ゲーム理論の数学を物理科学の数学に翻訳できるという事実からも、ゲーム理論こそが、生命や暮らしと物理学とを統合する科学、つまり真の「万物の理論」をひもとくための鍵だといえよう
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7. 『百年の孤独』ガルシア=マルケス著

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

ノーベル文学賞受賞者の言わずと知れたコロンビアの作家ガルシア=マルケスの代表作。
マジックリアリズムの嚆矢にもなったとされる本作。
読めばよむほど、ジョジョの通奏低音というか、ジョースター家の血の物語を想起せずにはいられなかった。
ブエンディア家の者の心は、彼女にはお見通しだった。百年におよぶトランプ占いと人生経験のおかげで、この一家の歴史は止めようのない歯車であること、また、軸が容赦なく徐々に磨滅していくことがなければ、永遠に回転しつづける車輪であることを知っていた。
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8. 『海賊とよばれた男』上・下 百田尚樹著

海賊とよばれた男(上) (講談社文庫)海賊とよばれた男(下) (講談社文庫)

これはR社でインターンをしているときにお話をさせていただいた社員さんにオススメのビジネス書を尋ねたときに、薦められた作品。
もちろん百田尚樹作品は『永遠の0』をはじめ、目を通してきているし、この本も積読していた。
上下と読み終えた末に、なぜこの本を“ビジネス書”と言ったのか、その意味がわかった。
戦後直後、まさしく“グラウンドゼロ”の状態から人徳で邁進していく国岡鐵造から学ぶことが多々あった。
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9. 『ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか』ピーター・ティール、ブレイク・マスターズ著

ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか

今年読んだビジネス書の中ではダントツで良かったです。
未読の方はNEWSPICKSの「伝説の起業家・投資家 ピーター・ティール」という連載をまずは読んでみることをオススメします。
単なるシリコンバレー最前線の流儀(もちろんリーンスタートアップの要諦なども話はありますが)のみならず、「競争は資本主義の対極にある」という言葉にもみられるように、政治/経済制度のあるべき姿にまで踏み込んだ深度のある著作となっています。

リクルートのMTL(メディアテクノロジーラボ)所長の石山さんが、共著者のブレイク・マスターズにツイッターで直接連絡を取り、『ZERO to ONE』を翻案してリーン・キャンバスに落とし込んだものが公式に採用されたそう。(下図がそれ)


(東洋経済オンライン「シリコンバレーも驚く!リクルートの異端児」より。インタビュー記事も非常に面白いです)

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10. 『21世紀の資本』トマ・ピケティ著

21世紀の資本

おそらく今、世界で一番有名な学者の一人であろうフランスの経済学者トマ・ピケティの著作。
昨年、仏語から英語に翻訳されるなりAmazonで一位に踊りでたとのこと。
もともと僕も英語版をKindleで読んでいたのですが、あまりの分量に読み終えることができず、途中で中断していました。
その折、今月末に東大でピケティが講義することが決まり、(「トマ・ピケティ 東大講義『21世紀の資本』」)なんと僕の研究室が講義のお手伝いをすることになりました。
せっかくなので、高価ではありましたが邦語版も購入したのでした。
というわけで、まだ読み終えてないので、終わりましたら追記します。
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というわけで、今年は去年に比べるとあまり読書はできずじまい。
おそらく今年も修論のための読書が中心で、自由に読める本も限られてくると思うので、より一層選ぶ本の精査が重要になってきそう。
また2015年末にどうようのブックレビュー書きます!

2014年6月4日水曜日

なぜわたしたちは夢を見続けるのか?―「技術決定論」の解体作業


今なら、ビッグデータやクラウド、少し前ならWeb2.0、「技術が社会を変える!」という言説は繰り返し再生産し続けてきた。
「システム社会」「ネットワーク社会」などその容器を入れ替えながらも、本筋ではほとんど変わらない。

技術決定論(technical determinisim)とは学術的にいえば「技術が社会構造や社会的相互行為、個人を規定する唯一の要因であると主張する学説」である。(参考:「技術決定論と文化決定論(technological determinism and cultural determinism)」)

いずれにしてもこういった技術決定論的な視座に立った「情報化社会論」は佐藤俊樹教授によれば、60年代から滔々と語られ続けてきたという。
社会は情報化の夢を見る---[新世紀版]ノイマンの夢・近代の欲望 (河出文庫)社会は情報化の夢を見る---[新世紀版]ノイマンの夢・近代の欲望
佐藤 俊樹

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なぜ半世紀もの長きにわたり、このディスコースは生きながらえてきたのか。
それははじめから死んでいたからだと佐藤教授はいう。
その比喩として、ホラー映画の「生きている死体(living dead)」を挙げている。
つまり実質・中身をもたないこと。
なんでもないことは、なんでもあるということでもある。
これを佐藤教授はゼロ記号=空虚な記号signifiant zero)と呼ぶ。

そしてそれを可能たらしめている背後にある要因としては近代産業社会(主な制度として産業資本主義、民主主義にもとづく社会制御という政治制度がある)がある。
佐藤教授は技術決定論を批判的に捉え返す。
術の進歩と社会の変化を考えるとき、どのような技術がどう使われ・どう発展していくか―そこには社会の側の多くの諸力が重層的かつ複合的に作用している実例を数多く上げながら、「情報技術が社会の仕組みを変える」のではなく、むしろ、社会の仕組みの方が技術のあり方を決めているのではないかというものだ。

ソシオメディア論を研究している水越伸教授の見方も社会構成主義に近い。
「エレクトリック・メディアは情報技術の発達によって変化するだけではなく、国家や資本の編制力から、市民、あるいは大衆の想像力にいたる、複合的で重層的な社会の諸力の錯綜した結果として、今日のような姿に固定化させられてきた」
21世紀メディア論 (放送大学大学院教材)21世紀メディア論
水越 伸

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たいして、技術決定論寄りの本としては東浩紀氏の『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル』が挙げられるだろう。

一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル
東 浩紀

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議論のまとめなどは2年前に読んだ時のもののリンク先を参照してもらうとして、自分なりの一般意志2.0の解釈だけ付記しておきたい。
すなわち、それはゾーエーのとらえ方に顕著に見られるのではないかということ。
罵詈雑言でわめき散らす人、極右過激派のような人、社会には色んな人であふれている。
こうした個人をミクロに眺めるのならば、たしかに彼らは剥き出しのゾーエーに見える。
ただし「一般意志2.0」が射程にするのは、よりマクロで総体的なもの。
これをテクノロジー、制度・システムの設計によって最適化できるのではないかというふうに理解している。

ただし、考えてみれば分かるように、純粋な技術決定論的とはほぼ想定不可能だと思われる。

たとえば、四川大地震を例に。
この大規模な地震が起きたとき、ソーシャルメディアを通じてこのニュースは中国国内にもすぐさま知れ渡った。
時間を置かずに、寄付や支援が次々と届いた。
アメリカと中国の間に海底ケーブルが繋がれていたことはたしかに、これを可能にする重要なファクターであったことは間違いない。
しかしながら、それを可能にしたのはアメリカに留学していた中国人(その逆も然り)や海外に駐在した中国人など、はじめに社会的な紐帯・絆が醸成されていたということも見逃せない。
技術のケーブルには、社会のケーブルが欠かせないのだ。

このように技術決定論と非技術決定論の中間にあるような議論をしている本として、クレイ・シャーキーの『みんな集まれ!ネットワークが世界を動かす』がある。
みんな集まれ! ネットワークが世界を動かすみんな集まれ! ネットワークが世界を動かす
クレイ シャーキー,岩下 慶一

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その主張の核として以下を引用したい。
「革命は、社会が新しいテクノロジーを手にしただけでは起きない。社会がそれを新しい習慣とした時に起こるのである」
これは技術決定論的にとって核心的な批判だと思われる。
このような意味で本来、技術決定論的と対置されるべき対抗概念は存在しないのではないかと思う。
まっさきに浮かぶのが「社会決定論」という言葉であるが、技術と社会を同じレベルの変数として扱うのが極めて困難であるという点で(技術は独立へ、社会は従属変数)一応、これまでは社会構成主義や非技術決定論という語彙を用いた。
おそらく「強い技術決定論」や「弱い技術決定論」とするのが適当だと思われる。
たとえば政治哲学でもD・ミラーなどは「強いコスモポリタニズム」「弱いコスモポリタニズム」というような区別を行っている。
政治哲学 (〈一冊でわかる〉シリーズ)政治哲学 (〈一冊でわかる〉シリーズ)
デイヴィッド・ミラー,山岡 龍一,森 達也

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こうした社会学やメディア論、押しなべて言えば社会科学で積み上げられてきた理論や論争、フレームワークを道具として使い、いかに現実をみることができるか。
たとえばこの「技術決定論」に関するプレゼンを共同でやった先輩も「「起業したからこそ学問の大切さに気付いた」”現役東大院生”前島恵さんの起業ストーリー」というインターンシップ記事の中で、技術決定論や進歩史観といったアカデミズムでさかんに語られた問題をじっさいの社会に見出しています。

それでいうと、先日、電車内でツイッターの創業記を読んでいるときに同じことを思ったのでした。
ツイッターを創り上げた彼らの信念の裏には技術決定論的な視座が少なからずあったと思うのです。
ツイッター創業物語 金と権力、友情、そして裏切りツイッター創業物語 金と権力、友情、そして裏切り
ニック・ビルトン,伏見 威蕃

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【そういえばさっきこんなのありました】⇒2014年下半期にヒットしそうな5つのテクノロジー

孫さんが語るビジョン(「「300年後は平均寿命が200歳に」:【全文】ソフトバンク孫正義が予測する“テクノロジーの進化”」)。圧倒されます。技術決定論的な見方であることは間違いないにしても、とにかくワクワクしてくる。
だからわたしたちは夢を見続けるのかもしれません。