Each day is a little life: every waking and rising a little birth, every fresh morning a little youth, every going to rest and sleep a little death. - Arthur Schopenhauer
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2013年5月11日土曜日

「どーでもいい感情」の受け皿はツイッターからLINEへ


ツイッターには二つの使い方がある。

①つぶやく
本来的な使い方。その時々のランダムな感情のはけ口として。
最初はこういう使い方をする人が多かった。
前略プロフィールの「リアル」やmixiボイスなど、常にこの受け皿となるようなサービスの需要はあり続けた。

②情報発信 / 収集
その情報の即時性や拡散性が認識されるようになってからは、情報発信/受信ツールとして利用する人が増えた。大手新聞会社なども公式アカウントを持つようになったのは、かなりそれを裏付けている。

最近、ツイッターのアクティブユーザーが減少しているらしい。
おそらくそれは全体値でみたら正しいと思うのだけれども、それはあくまで①の使い方をしてきた人が、ツイッターを「つぶやき」の場として使わなくなったからではないかと思う。
上にも書いたように、「お腹空いたー」「暑い」など、誰にとってもどうでもいいこと、でも本人は吐露したいことの受け皿は常に求められている。
そしてそのプラットフォームは常に流動化してきた。
個人的には、LINEがその受け皿になってきたのだと思う。
とくにLINEのグループ機能に集約されつつあるのではないかと。

そもそもツイッターで②のような使い方がなされてきてから、①の使い方をする人が煙たがられ始めたような印象を受けるし、往々にしてそれはフォロワー数に反映されている。

有名人アカウントの①は歓迎されるが、一般人の①はどうでもいい。
これがおおかたの所感だと思う。

②の使い方をしている人は、いまでも普通にツイッターを使っているのではないか。

フェイスブックに関しては、ツイッターやLINEと性質が根本的に異なるので競合はせず、時間のパイの取り合いは起きないと思う。
ザッカーバーグさんがライフログとなるようなサービスを目指しているというように、フェイスブックでは自分の「リア充」の側面だけをみせる場となっている気がする。
フェイスブックをツイッターのつぶやきのように使う人はKYとさえ言われる。

とまあ、なんとなく最近のSNSをみていて思ったことをいくつか書いてみました。
たぶん数カ月後、いや1か月後にこの文章みたら、ほとんど正しくないと思ったり、思わなかったり。

【その他、昔に書いたSNS関連】
LINE POP、パズドラ、それでも時間は流れていく
ソーシャルメディアで位相転換が起こっているのかもしれない
ソーシャルグラフの膨張への反発としてのクローズド渇望

2012年1月17日火曜日

ぼくらは見えない鎖で繋がっている

Comforting Sounds/ Mew


映画『ソーシャル・ネットワーク』が公開したころくらいか、日本でもFacebookユーザーが加速度的に増えました。
思えば、ぼくがFacebookを初めて使い始めたのは2007年。高校2年生の頃。
その時、アメリカはオハイオ州の高校に留学していました。当時、アメリカではFacebookよりもMyspaceが主流でしたが、今となっては完全に形勢が逆転しています。


大学2年生になって、再びアメリカへ留学に渡った時、もう完全にFacebookが全土を支配していて、Myspaceは跡形もなく廃れていました。
初めて会う人でも、だいたい会話のはじめか、終わりに「Facebook持ってる?」があり、そこで繋がり合う。
それからはもうずっと、どこにいっても、いつでもコンタクトを取れる。


アイスランドの一人旅で出会ったスペイン人の友達たち、メキシコで出会った友達たち、アメリカで出会ったたくさんの友達、はたまた日本の友達たち。
Facebookの上に国境はなくて、ひとつのプラットフォームの上にみんながいる。

ふとした瞬間に気付かされるんですよね。
例えば、あの地震があった日。
Facebookには世界各国の友達から「大丈夫か?」「家族は無事か?」など安否を心配するメッセージが多く寄せられました。
誕生日の時には、ウォールがバースデイウィッシュでいっぱいになります。
そういったときに、どこにいても、何をしていても、「繋がっている」ことを感じます。


そういえば、面白いサイトがあったので紹介しておきます。
インテルのサービスの一環なんだそうですが
自分のFacebookアカウントでログインすると、自動処理されて自分のFacebookが博物館のようになるというユニークなもの。
これを見て、これまで出会った来た人、過ごした場所、交わした言葉、あたかもそれは走馬灯のようにぼくの眼前を一気に通りすぎて行きました。
世界レベルのクリエイターさんがやっぱり凄いです、感服。


今までは旅路で出逢う人、それは本当の意味で「一期一会」だったのかもしれません。
だけど今は繋がれる。もう会うこともないのかもしれないけど、お互いを気遣い合ったり、何気ない会話をすることもできる。
「見えない鎖」でかたく繋がっているから。
大学生ブログ選手権

2011年12月5日月曜日

【アプリ2】Path

You and I Both/ Jason Mraz


もう少し積極的にアプリとか紹介していこうと思います。
前回は「【アプリ】my365」を紹介しました。
今日はFacebookよりももう少しクローズドなSNS、「Path」。
最近、UIが一新されたということで僕も試してみました。


Facebookのフレンドが100にも1000にも肥大化して、管理がしにくくなった人もいることと思います。(ぼくもいま約1000人くらいいます)
公開したい情報はフレンドの中でも違うと思います、一応公開範囲などはフレキシブルに選べますが、たしかに数が増えれば煩雑になってきます。
Pathではフレンドが50人までと限定されているので、本当に親しい(close)な友人だけとコミュニケーションをとれるということです。
ちょっとmixiの方針に似てます。

やれることもいたってシンプル。
自分のホームをPath(小道)と見立てて、そこに友達が訪れる。
ようは写真、位置情報、コメントなど旧来のSNSとは変わりないです。

本当に仲のいい友達だけで内輪でコミュニケーションをとってほしいということです。
ただ日本で流行るかは微妙ですね、それにGoogle+のサークル機能もあるので。

ただ本当にUIがカワイイのでみなさんもぜひ一度DLしてみては。
大学生ブログ選手権