Each day is a little life: every waking and rising a little birth, every fresh morning a little youth, every going to rest and sleep a little death. - Arthur Schopenhauer
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2014年9月28日日曜日

負荷があって、アイディアがある


アイデアの創発性/生産性は、一定程度の負荷下に置かれているときに一段と高まるのではないでしょうか。

なんらかのクリエイティブ課題に追われているとき、頭を悩ませ、何も浮かんでこないから本を一冊手に取る。
明らかに休日になにも考えずに読んでいるときとは、違ったフレームで字面を追っていることに気づきます。
頭の何処かで課題が頭をもたげ、ヒントを探し続けている。
インプットにスイッチが入ってるんですね、意識的な。
「この切り口は、接続面を変えてやれば、こういうやり方もあるんじゃないか」
立体的に読書をするようになる。
つまり、読書の質そのものが上がるんですね。
目的意識や仮説を持って読書をしろ、というのは本当にその通りなんです。

ようは「カラーバス」と一緒です。
赤を意識して街に出ると、自分が思っていた以上に赤は街に溢れてて、赤い服を着た人や看板がやたらと目に入る。
そもそも人間が認知できる限界量は相当限られている。
ましてや情報が氾濫する中で、真に自分の中にストックされるインプットなんて極わずか。
その中で、上記のような負荷状態にある場合、集中力や視座の深みが違うので、印象/記憶に残りやすい。
加えて、何でもすぐにグーグル(検索)する癖がついた現代人は己自身で思考/発想する能力が退化しつつあるのではないか。
そうなってくると、インプットとアウトプットのバランスが重要で、インプットばかりに時間はかけていられない。
最小時間インプットで最大効果のアウトプットへつなげたいとすれば、まずは前者の質を上げることが大切になるということで、今日青山ブックセンターで購入した『情報を捨てるセンス 選ぶ技術』を明日にでも読んでみようかと。
情報を捨てるセンス 選ぶ技術情報を捨てるセンス 選ぶ技術
ノリーナ・ハーツ,中西 真雄美

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2013年10月24日木曜日

読書『立花隆の書棚』立花隆著


知の巨人、立花隆さんの『立花隆の書棚』を読みました。
立花さんの本はこのブログでも何度か紹介しています。

基本的にノンフィクションを主戦場とする氏ですが、この本の趣向は少し変わっていて、氏が小石川に所有する、ビル全体が浩瀚な書庫となっている通称「猫ビル」プラス立教大学の研究室など、すべての氏の書棚を写真で収め、それらを解説していくという特異な本になっています。
ちなみに猫ビルは地上3階、地下1階で20万冊所蔵しているそうです。
(猫ビルに関して、参考:ネコビルを見て考えたこと」- 研究と教育と追憶と展望)

これまでにも読書遍歴や読書法などにフォーカスを当てた本は何冊か出版されていますが、書棚をダイレクトに語る本というのは初めてのことだと思われます。
ちなみにこのシリーズ、あの「千夜千冊」『知の編集術』の松岡正剛氏verもあるそうです。

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もともと、免許を更新しようとしたときに、時間つぶしに新書でも買おうかと思ったところ、なにを血迷ったかこの本を手に取ってしまいました。
構成の中心は写真ですが、なんと全体で650ページもあります。(ちょっと時間つぶしに買う本ではないです)

iPhoneでパノラマ撮影した四つ折り書棚ページ

じっさい僕も、時間を見つけ(眠れない夜など)に数ページずつゆっくりと読み進めていきました。


なんだか書物の渦の中で、「知的格闘」を孤独に続けるフーコーを想起するかのような、猫ビルの内部。

書棚がカバーするのはほぼ全領域。
一番、よく知られた田中角栄研究をはじめ、宗教、哲学、脳科学、基礎数学、などなど文系・理系などという栫をゆうゆうと縦断していく。『知のソフトウェア』を彷彿としますね。

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知的生産の話でいうと、もっともよく知られている本に梅棹忠夫の『知的生産の技術』がありますが、昨日読んだ博報堂ケトル・嶋浩一郎さんの『なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか』は新しい知見がいくつか詰まっていました。
なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか(祥伝社新書321)なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか
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そもそも僕はわりと新書も読む方だと思うんですが、なかでもジャンルの選り分けとして、意識的に「広告系」の本を絡めるようにしています。
この手の本は読みすぎても効果は浅いんですが、たまにストレッチ感覚で、思考に伸縮性を確保する感覚で読むと、すごくスッキリするんですよね。雑多になった脳内のちりを取る要領で。

なんでも嶋さんは毎日必ず書店に足を運ぶそうです。
「筋金入りの本の虫なのだなー」と思いきや、そういうわけでもなくて、本屋に行くこと、本屋で過ごす時間にこそアイデアの源泉があるというのです。
本屋で平積みされる本、書棚の中身・配置は日々めまぐるしく変化していきます。
それを嶋さんはガウディの建築「サグラダファミリア」に、平積みにされる本を「AKB48の総選挙」に喩えられていました。さすがです。
興味深いイラストも二つ挿されていたので、紹介。






ぼくも同じ様に、好きな場所はどこかと問われれば真っ先に「本屋」と答えるたちで、休日に代官山の蔦屋青山ブックセンターに行くのが楽しみだったりします。

あとNaver等のまとめで大好物なのが、世界中の美しく蠱惑な図書館や書店を集めたもの。


2013年3月6日水曜日

読書『これからの広告人へ』笠松良彦著


イグナイト代表笠松さんの『これからの広告人へ』を読みました。
タイトルからも推測できるように、広告業界に興味を持っている就活生や代理店でインターンをしてみたい学生にとっては現代の広告業界を知るための教科書にもなるし、代理店で働いている人にとってもこれからの仕事の指針というか舵取りのための航海図になるようなエッセンスがふんだんに含まれていると思いました。

広告関連の本を読むと(とくに初歩的な)、必ずといっていいほどジェームズ・ヤングの『アイデアのつくり方』への言及があります。
アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」というかの有名な思想がまずベースにある。
考具』でも幾度となく終始、繰り返しこの認識の大切さが強調されてます。

世界最古のマーケティング・プランナーとしてマルティン・ルターを挙げられていました。とってもおもしろいし、たしかにと唸りました。
大学での自身での講義は、オウンドメディアもしくは戦略PR。宣伝ビラパンフレットは今でいう雑誌とチラシなどのペイドメディア。演劇は、イベントタイアップであり、賛美歌はオリジナルのCMソングだ。
じつはベネディクト・アンダーソンも『想像の共同体』のなかで、ルターを出版資本主義の誕生以後、はじめてベストセラー作家となった人物として挙げているんです。

ルターの宗教革命は、現代に生きる私たちにも多大なる影響を与えているんですね。
連綿たる歴史の連続性を感じずにはいられません。

新書で手軽に手にとれるし、内容も平易かつページ数も薄いので2時間くらいで読了できます。
電通や博報堂など、代理店でのインターンを考えている人にはぜひ一読をオススメしたいです。
併せて佐藤尚之著『明日のコミュニケーション 「関与する生活者」に愛される方法』、須田和博著『使ってもらえる広告』も新書で読みやすく内容も刺激的です。

2012年12月3日月曜日

無限なようでいて、無限でない「想像力」について


「天地創造」について創世記によれば、神は一日目に光と闇を創り出し、二日目に空を創った。三日目には、地と海を創造し、四日目に月・星・太陽を配した。五日目は、海に魚類を、空には鳥類を据えた。六日目、地上に獣、家畜を産み落とし、最後に自分の姿に似せた「人間」を男女に分け登場させた。第七日目は、お休みになられた、安息日である。



私たちの想像を遥かに越えたもの、生前に完結してしまったストーリー、今はもう存在しない絶滅危惧種、語られる歴史、鶏と卵。
体験として受け取ることのできないもの、教科書を貪り食うように耽読しても見えない。
それは、それとして呑み込んでいくことしかできない。

だれかの想像力に頼りながら、寄り添いながら、時を過ごしていくこと。


宇宙よりも広い場所」というブログを昔かいて、宇宙よりも遥かに広いそれは「心のなか」「頭のなか」にあると行き着いたわけです。
「宇宙」が一番広い場所って固定概念さえも塗りつぶしてくれる、飲みこんでくれる。
要するに、想像力が固定観念を凌駕して、飲み込んでいくっていうことで。
そのことに関しては、Mr.Childrenの"I'll Be"という曲のなかでも同じことが唄われています。
今日はゾウ、明日はライオンってな具合に心はいつだって捉えようがなくて、そんでもって自由だ。
それでもぼくは、思ったんです。
ぼくらは決定的な足枷を想像力に纏っていると。 

ぼくらに見えるのは、見えるもの。
聞こえるのは、聞こえるもの。
感じれるのは、感じれるもの。
「人が想像できることは、必ず人が実現できる」
っていう有名なヴェルヌの言葉があります。
ぼくらの背中を押してくれ、ときに胸の震える言葉でもあります。 

ただ、裏返すと、想像できることしか、実現できないのです。



たしかに、心や頭に宿る「想像力」は宇宙よりも広く茫漠としているのかもしれません。
ただ、宇宙が現実界で最も広い場所であるという仮説そのものが、想像力の桎梏の証左に他ならないと思うのです。
もしも宇宙が何層にもわたるプレートのようなものだったら、宇宙空間は数多存在していて、ぼくらがイメージする「宇宙」はそのひとつに過ぎないとしたら?
宇宙の中にある月、地球、太陽、天体や惑星。宇宙を包むまた上位スペースがあるとしたら。

想像力の源泉を辿ると、誰かの想像力・体験に行き着くわけです。
「人が想像できること」ヴェルヌは何一つ嘘は言っていなくて、「想像できることしか、実現できない」んです。

それを真に、心から、認めた上で「想像力」の栽培ははじまります。
『アイデアのつくり方』でこうあるように
アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない。

ウルルン滞在記などで、発展途上国から逆訪問で日本に来るみたいな企画がありました。
民族衣装を身に纏った、黒人の家族が目にするもの目にするものに口をポカンと開けて、驚嘆の声を上げます。



もしぼくがアフリカの辺鄙な奥地で生まれ育ち、東京にいきなり連れてこられたら、今自分が立っている地下に、時速80kmで電車が走っていると想像できたでしょうか。

だから、ぼくはいつだって旅行に行くと、深く深呼吸して、目を閉じて、街路で果物を売るおばさんや、物乞いをしてずっと付いてくる少年に憑依しようとイメージを膨らませるのです。

もしもこの地で生を授かっていたら。ここで育ち、死んでいく。
そのプロセスを出来るだけ、具体的にイメージするんです。
そうすると、何のつながりもない目の前を闊歩していく人たちがいくぶんか身近で愛くるしい人々にみえてくるのです。
日本でも同じです。
地下鉄に乗っていれば、ヘッドフォンで音楽を聞く高校生、徒労で居眠りするサラリーマン、幸せそうな家族。
みんながみんな自分と同じように偶有性の海で泳ぐ儚い存在。

たった一度の人生、歴史上の偉人も、ぼくもあなたも、誰一人として人生を二度生きることを許可された人はいません。
だからこの限られた螺旋上で限りなく争いは繰り返されてきたし、これからもそれは恒久に変わりのないことなのかもしれません。



でも、想像力をバトンタッチしていくこと、積年、繋ぎあわせて行くこと。
限りのない、でも限られた想像力の欠片をただ、ひとつひとつ落ち葉をかき集めるように、束ねていく。

だからぼくは本やマンガを読むときも、映画をみるときも、音楽を聴くときも、誰かとお話するときも、新しい景色をみるときにも
「想像力」の種には貪欲でいて、謙虚でありたい。
そんな姿勢を生涯貫いていきたいと思うのです。