Each day is a little life: every waking and rising a little birth, every fresh morning a little youth, every going to rest and sleep a little death. - Arthur Schopenhauer
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2014年3月11日火曜日

読書『未来は言葉でつくられる』細田高広著


TBWA\HAKUHODOのコピーライター・細田高広さんの『未来は言葉でつくられる』を勤務の合間、休憩時間にサクッと読了。

帯の楠木建氏の推薦文「言葉でしか考えられない。考えられないことは実行できない

この類の名言の束は数知れずあって、
ジュール・ヴェルヌの
人間が想像できることは、人間が必ず実現できる。
アラン・ケイの
未来を予測する最良の方法は、それを発明してしまうことだ。 
もしくはウィトゲンシュタインのかの有名な
私の言語の限界が私の世界の限界を意味する。 
時代を先導してきたビジョナリーたちにとってはもはや了解事項であったわけです。 
(ぼくの思考の根底にもこの考えは強く根付いていて、このブログを書く訳もそこにあるし、Mediumに常時書き足している「言葉を手にしていく感覚」もその糸を少しずつ手繰り寄せるために加筆し続けているというわけです)

いわゆるコピーライティングやPRのための文言のような上澄みではなく、"言葉がまず先にあり"リアリティを先導していく、イノベーションのコアになる言葉を追求することに主眼をおいた今著。




<言葉をつくる5つの技法>として
①呼び名を変える
②ひっくり返す
③喩える
④ずらす
⑤反対を組み合わせる

テクニックやメソドロジーにももちろん言及がありますが、そのへんはむしろ『ひらめきスイッチ大全』のような網羅的な本に詳しいです。


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「言葉は未来の骨格。肉づけされて初めて命を吹き込まれるもの」
という記述があり、それはまさしくそうだよなーと。

たとえば紹介されていた元東大総長の小宮山宏さんの考え方。
日本を「課題山積みの国」というネガティブなイメージで捉えるのではなく、「課題先進国」というポジティブなイメージで捉え返すこともそう。
たしかに概念を反転させることで、まさしく「不満をひっくり返すと、希望が生まれる」の法則が導ける。だけどそれもまた内実がともなって初めて賞賛されるべきものであって。

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細田 高広

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2013年8月31日土曜日

読書『僕が電通を辞める日に絶対伝えたかった79の仕事の話』本田亮著

僕が電通を辞める日に絶対伝えたかった79の仕事の話

元エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター本田亮さんの著書を読みました。
電通を早期退職なされてフリーになってから2年が経つそうです。
電通時代の経験を惜しげも無く、ショート・ストーリ化し、そこにキャプションを付けて項目別に並列されています。
広告系の自己啓発チックなノウハウ本は8割型この体裁ですよね。
たしか水野学さんの『アイデアの接着剤』とか高橋宣行さんの『博報堂スタイル』も同様だったんじゃないかと。よりメソッドに特化したものだと『考具』もそうですね。

タイトルからも推測できるように、電通でキャリアを積まれた本田さんが大先輩で、自分が代理店の新人っていう体で話を聞くと、(本を読むと)それこそ居酒屋とかで大先輩から貴重な積年の体験談を聞いているような感覚に。
というのも具体的なクライアントとか共に仕事をした人の個人名がわんさか出てくるので、話にリアリティがあって、より印象に残りやすのです。(もちろんクライアントの名前は一応例えば、N社のようにイニシャル化されていますが)

本田さん

行間から本田さんがとてもパワフルかつポジティブな人であるというのがひしひしと伝わってきます。
本田さんならではのアイデアの捉え方でおもしろかったのが「アイデアの種はスイカではなく、アボカドだ」という箇所。
つくづく、アイディアを創発する仕事が天職なんだなーと。
アイデアのインプット/アウトプットについても幾つか記述があって、たとえば「オレンジ+防衛費」思考法というのを提唱されていて、これはいわゆるイノベーションの原則で、まったくの新しいアイディアというものは存在せずに、既存のアイディアとアイディアの結合からイノベーションは創発されるのだというもの。
これはどの広告関連の本を読んでも間違いなく底流で共有されているジェームズ W. ヤングの『アイデアのつくり方』で説かれているエッセンシャルです。

広告の仕事におけるアイデアとの取り組み方以前に、本田さんの生き方の根底にある哲学として、「雪山理論」なる自身の着想から生まれた考え方をコラムの中で紹介なされていました。
ようは「生きていくこと=雪山を登っていくこと」、今の苦しみも、時間軸を少し引き伸ばして未来の視点から眺めると、先にいる自分へのプレゼントになるということ。
これを認識して、今を生きるか否か。

2013年7月4日木曜日

ここ最近気になったCM等―アルゴリズムとセレンディピティ


What if the next big thing isn't a thing at all?
 It's lots of things, all waking up -- becoming part of the global phenomenon we call the Internet of Everything.
 Trees will talk to networks will talk to scientists about climate change.
 Cars will talk to road sensors will talk to stoplights about traffic efficiency.
 The ambulance will talk to patient records will talk to doctors about saving lives.
 It's going to be amazing and exciting, and maybe, most remarkably, not that far away.
 The next big thing?
 We're going to wake the world up.
 And watch, with eyes wide, as it gets to work.
 Cisco. Tomorrow Starts Here.

 

サインはストーリーを物語る。
あるいは、見過ごされてしまう。
サインは謎を呼び、手掛かりをくれる。
尽きることのない情熱を表し、冒険の始まりを告げる。
ときにサインはアイコンとなる運命を背負っている。




「ビッグデータでより賢い顧客体験を」
テクノロジーの進展と共に、生活の利便性が増しているのは基本的には良いことだと思うのですが、最近のGoogleのアルゴリズムの進化には驚かされるばかり。
アーキテクチャ設計の倫理的な面については、僕もやはり慎重派でして。
趣味嗜好に合わせて、検索結果を最適化してくれるのが果たして良いことなのか。
どんどんセレンディピティから遠ざかっていくのではないか。


あとレッドブルの一連のCMは大好きですね。
フリスクにしろ、レッドブルにしろこの類のプロダクトはある意味でCMが作りやすいかもですね。

2013年6月25日火曜日

「剛力彩芽」と「広告」を考える


いつ頃からからだったか、テレビでの露出が増えて、今では目にすることがない日がないくらいによく見かけます。
その裏で芸能界の黒いなにか「大きな力」が暗躍しているのではないかと、勘ぐるくらいに。
自分の周りというきわめて狭い限定的な話になってしまうわけですが、少なくとも僕の周りで彼女の熱狂的なファンは見当たらないわけです。
「可愛い」と直接誰から聞いたこともないです。(繰り返しますが、あくまでも僕個人の話です)極端なケースでいえば、ツイッターで露骨に嫌悪感を抱いている友達もいました。(もちろん、純粋なファンの皆さんも多くいるでしょう。大衆の中のある見方の違った層からの意見としてお捉えください)
全体的な彼女を取り巻く言説をみてみると、新垣結衣とか上戸彩とかいった、これまでCMで目にすることの多かった女優とは何か違う雰囲気がそこに漂っている。
"実体的"な人気はあるのか、あるならば何がその核心なのか。

オスカー所属といえば他に最近みる機会が多いのは武井咲、忽那汐里。
まあたしかにこの二人、特に武井咲も画面に映る回数は多いと思うのですが、剛力彩芽も凄まじい。
ギャラが低価格なのか、営業をゴリ押しているのか、そんな事情はもちろん分かりません。

ただ一つ言えるのは、僕がこうして彼女を取り上げ、話題にしている時点で広告的には「勝ち」なわけです。ようするにバズ(buzz)ですね。
ただ可愛いだけでは「話題」として表出することはありません。
ディス、疑問、切り口はいろいろですが、それらが一つの言説を形成していく。
俎上に載ればのるほど、意識下に彼女の存在が刷り込まれていく。
これって要するに"サブリミナル"ですよね。
企業は普通、苦心してどうにか、消費者の目に止まろうと、意識に潜り込んでいこうと手練手管の広告装置を仕掛けていきます。
サブリミナル・ケースで最も有名なのは映画館におけるポップコーンのアレですね。
「ポップコーンを食べろ」「コカ・コーラを飲め」など1秒に満たない細かいフレームをスクリーンの中にそういったメッセージを滑りこませていく。

ただ今回の話はぜんぜん趣旨が違います。
あくまで大々的なのです。あけっぴろげに組織的に展開しているのです。
冒頭でなにか陰鬱な「黒い」力が働いているかもしれないとの疑義を呈しましたが、たぶんそれは間違いでしょう。
単純にバンドワゴンの応酬なのかもしれません。
企業からしてみれば、起用する人物が可愛いかどうか、女優としての器量があるかどうかは副次的で、あくまでどれほど消費者の意識下に働きかけを出来るかどうかが焦点なわけです。

そういう意味で、普段ネットしか使わない人が、突然テレビをみてあまりの剛力彩芽の露出頻度の多さに目が点になるのは否めない。
それで、ネットにそれを持ち帰る。「え、なんでなんで?」と。これがバズのループで、テレビの視聴者層とネットユーザーのフィードバック的討議が始まる。
この過程でサブリミナルは集積的にその効果を深化させていく。

事務所的な位置づけとしては上戸彩の後釜ということになるんでしょうか、同じ事務所ということもあって。
ただ、今日発表された24時間テレビのパーソナリティに、もしかしたら彼女が選ばれるのではないかという予見を持っていたのですが、それに反して実際に選ばれたのは上戸彩。
うーん、芸能界がどう動いているのか、深遠です。


7/9追記:Mステ出演
この記事を書いた後に、Mステに出演してましたね。


「放送事故レベル」などかなり叩かれていましたが...。
「もうランチパック食べたくなくなったwww」など辛辣なコメントも目立ちました。
あとみんな寄ってたかって指弾してたのは、サビからいきなり「口パク」になったのではないかということ。
個人的には「口パク」だろうが、生歌だろうが、別にテレビだし、ライブならまだしも、別にどうでもいいとは思うのですが。
たとえば、これが最初から口パクだったり、終始貫徹して生歌だったら、ここまで話題にもならなかったのかもしれませんが、、もしこれが「バス」の計算の上に仕掛けられた計略ならば、それをプロデュースした人は真に「バイラル」の構造とかを理解している人だと敬服します。
昔まではあくまでイメージ墨守だった芸能界も、最近は炎上を逆手に取った「バズ」、そこから全方位拡散していく「バイラル」が重視されているというのが私見。
AKBも次から次へと驚くべき施策が行われているような。峯岸「坊主」騒動しかり、指原総選挙まさかの1位しかり。
ようはイメージ云々でどんぐりの背比べ的な差異化を計るよりも、単純明快に分かりやすく話題性を着火剤としたバズ戦略の方が、数字・露出につながる。
この動画がまっさきに削除されていないことから忖度するように、やっぱりそれはわかっているということなのでしょうか。本当にどーでも良い話題ばかりすみません。


2013年3月6日水曜日

読書『これからの広告人へ』笠松良彦著


イグナイト代表笠松さんの『これからの広告人へ』を読みました。
タイトルからも推測できるように、広告業界に興味を持っている就活生や代理店でインターンをしてみたい学生にとっては現代の広告業界を知るための教科書にもなるし、代理店で働いている人にとってもこれからの仕事の指針というか舵取りのための航海図になるようなエッセンスがふんだんに含まれていると思いました。

広告関連の本を読むと(とくに初歩的な)、必ずといっていいほどジェームズ・ヤングの『アイデアのつくり方』への言及があります。
アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」というかの有名な思想がまずベースにある。
考具』でも幾度となく終始、繰り返しこの認識の大切さが強調されてます。

世界最古のマーケティング・プランナーとしてマルティン・ルターを挙げられていました。とってもおもしろいし、たしかにと唸りました。
大学での自身での講義は、オウンドメディアもしくは戦略PR。宣伝ビラパンフレットは今でいう雑誌とチラシなどのペイドメディア。演劇は、イベントタイアップであり、賛美歌はオリジナルのCMソングだ。
じつはベネディクト・アンダーソンも『想像の共同体』のなかで、ルターを出版資本主義の誕生以後、はじめてベストセラー作家となった人物として挙げているんです。

ルターの宗教革命は、現代に生きる私たちにも多大なる影響を与えているんですね。
連綿たる歴史の連続性を感じずにはいられません。

新書で手軽に手にとれるし、内容も平易かつページ数も薄いので2時間くらいで読了できます。
電通や博報堂など、代理店でのインターンを考えている人にはぜひ一読をオススメしたいです。
併せて佐藤尚之著『明日のコミュニケーション 「関与する生活者」に愛される方法』、須田和博著『使ってもらえる広告』も新書で読みやすく内容も刺激的です。

2012年11月25日日曜日

読書『電通とリクルート』山本直人著


山本先生の本を。
タイトル的に電通とリクルートの設立から現在までの発展史を予想していたのですが、それだけに留まらず、大衆から分衆への移行など、社会における情報の動態変化までかなり射程が広かったように思いました。
(それに関しては『「自分ごと」だと人は動く』が詳しいです)
広告を少しかじったことのある人にとってはかなり刺激的な内容なんじゃないでしょうか。
当然、メディアの変遷をたどると、どうしても「電通」や「リクルート」が浮かび上がってきます。
この二社を基軸にこの分野をたどると、どういった経路でメディアが変遷をたどってきたかも必然的にわかるということです。

発散志向型の電通と収束志向型のリクルート二者の対比を当意即妙に言い当てた比喩がとっても面白く感じました。

電通をはじめとする大手広告代理店の収益は、マス・メディアとの長い歴史の中で育まれた関係を維持することでもたらされてきた。広告ビジネスには、外部からの印象以上に、きわめて「農耕的」な風土がある。それに比して、リクルートは次々とメディア自体を開発して、クライアントを開拓してきた。対比的にいえば、明らかに「狩猟的」である。 
リクルートが毛細管の拡張と維持を最大の経営資産としていったのに対して、電通は元栓を押さえることで収益の基盤を確立した。

おそらく山本先生自体が代理店出身ということもあって、実際に業界で積んだ経験を持っているからこそ、言説に客観性を感じました。

電通の正体』を読んだ時のような、気怠さなどなく、知的欲求に導引されて一気に読み進められました。
博報堂スタイル』を読んだ時とは、また違った爽快な読了感。
電通、リクルートに関係なく、広告に興味があり、業界を知りたいという方にもお薦めな一冊。

2012年10月23日火曜日

RedbullのCMがすき



こっちのかわいいタイプのほうもいいんですが、かっこいいこっちのタイプも秀逸ですよね。


2012年10月19日金曜日

読書『アイデアの接着剤』水野学著


サクッと電車の中で読了、グッドデザインカンパニー・水野学さんの『アイデアの接着剤』。
たまに広告系、というかアイデア創発法的な本を読むと思考がいくぶんクリアになるというか、専門書ばかり詰め込んで凝り固まった頭が軽くなる感覚があります。
専門書を読む場合は一ページ一ページに時間を割かなくてはなりませんが、こういった類の本は一気呵成で読み終えることができるので単純に気持ちがいい。
でも常々、感じるのはどの著者が書いた本でも基底にあるというか、この分野でデファクトスタンダードをつくり出したのはジェームズ・ヤングの『アイデアのつくり方』なんだろうなという気がします。

2012年5月1日火曜日

Synergy in collaboration accelerates creativity.



クリエイティビティ・インスピレーション・ソリューション、その源泉コラボレーション・シナジー。
一例が富士ゼロックスのCM。

大学生ブログ選手権

2012年4月15日日曜日

日清カップヌードル AKB48 "REAL" CM



前田敦子、20歳のリアル。


頑張れば、きっとおいしい。


REAL



高橋みなみ、20歳のリアル。



指原莉乃、19歳のリアル。

チリトマト、食べてるの良いですね。笑



岩田華怜、13歳のリアル。



島崎遥香、18歳のリアル。


ぼくはこう思った

いつもセンスの良いCMをしかけてくる日進カップヌードルのCM。
今回、起用したのは「AKB48」。
そこは日清、ただ闇雲にAKBを使ったわけではなく、一捻りを。
国民的アイドルとなったAKB、劇場まで行けば会いにいけるアイドルからスタートした彼女たちも、ここまでの人気となり当初のコンセプトとは乖離していると言わざるおえない状況に。
【参考エントリー】AKBを使った安易なマス広告こそ、ソーシャルメディア時代に輝くのかもしれない

だからこそ、このタイミングで彼女たちの素顔、ここまで至るまでの苦悩、何を考えながら活動してるのか、ひとりひとりの舞台裏に密着した構成。
共通しているのは、苦悩葛藤

そしてすべての最後のCMに出てくるコピー「頑張れば、きっとおいしい。

ドーンと潮流にのるタレントを安易に使うだけでなく、"使い方"や"コンテクスト"を絡めること。好例だと思いました。

最近だとモバゲーのサブリミナルとしか思えないような「君のために僕は死ねる〜」の応酬。ちょっと劣悪と思わざるおえない。



この二つのCMの違いにこそ、広告哲学の在り方が垣間見えたりするのではないでしょうか。



大学生ブログ選手権

2012年4月11日水曜日

読書『「自分ごと」だと人は動く』博報堂DYグループ エンゲージメント研究会著


iPhoneアプリで読みました。
出版されたのは一応、3年前だそうですがそれでもまだまだ説得力というか、共感できる箇所が多々ありました。
執筆も博報堂のエンゲージメント研究会というところなので、どちらかというと個々のコミュニケーション施策を検討というよりは、もう一個上の次元、マクロな視点で社会変化を観察したという印象。

備忘録をいくつか。

  • これまでは結果として、マスメディアが生活時間を規制してしまっていましたが、その制限をストック可能な仕組みが解放することになりました。
これはYouTube、ニコ動、とかHuluとかそれこそNetflixとかの話ですね。

  • 【ピンボールモデル】
前提:生活者が情報を扱うようになった。
ピンボールゲーム:ところどころにある柱にぶつかると、光ったり音がでたりしながら得点が増えていくゲーム。
⇒各所を回りながら情報としての価値が高まっていく。情報はピンボール台に乗っかっていて、何かと衝突すればするほど輝きを増していきます。
(マス→ブログ→個人)あらゆる可能性がありますね。

  • 1980年『第三の波』by アルビン・トフラー
    生活者と消費者が融合する「プロシューマー」の存在を予想。
  • 生活者との関係は、toからwithへ
  • 企業と生活者との間で交わされる”情報ラリー”が密になるにつれ、「企業の約束」と「生活者のアタマの中にあるもの」とはいつしか一体になっていきます。
  • 【人はタグの集合】
    断片化したプロフィール欄
    一貫性を欠く ex. 自演乙
    レッテルからタグへ
  • 【キャンペーンよりもコミュニティづくり】
    有効なエンゲージメント・テーマは24時間、365日、機能し続けます。共有を始めるためのタグを探しを含めて、架け橋になるテーマを設定することは何にも増して効率的なコミュニケーション投資である、ともいえるのです。




大学生ブログ選手権

2012年4月7日土曜日

読書『次世代コミュニケーションプランニング』高広伯彦著


青山ブックセンターで購入した高広伯彦さん(@mediologic)の新著『次世代コミュニケーションプランニング』を読みました。

備忘録的に気になった箇所を羅列しておきます。
  • 「コミュニケーションプランニング」とは、「オファー時代のマーケティングコミュニケーションのソリューション」として位置づけられるべきなのだ。
  • マクルーハン「メディアそのものもメッセージである」(The Medium is the message)
  • 人と人、人と商品、人と社会など、何かと何かを「メディエイト」するもの。これがコミュニケーションプランニング上、必要となる「メディア感覚」なのである。
  • 「集合知(collective intelligence)」から「集合生産活動(collective activity)」へ
  • デビット・ガントレット「Making is connecting=作ることがつながること」
  • 「セグメンテーションからコネクションへ、マスからトライブへ」
  • おもしろいことを考えるという「バズ」視点だけでなく、拡がりを考える「バイラル」視点の両方がなければ、クチコミの企みにはならないのだ。
【従来の流れ】
アカウントプランニング→クリエイティブプランニング

【これからの流れ】
コンテクストプランニング→コミュニケーションプランニング

【コミュニケーションプランニング】
(コンテクストを解釈する)+(コンテクストを開発する)→コミュニケーションチャンネルの発見・設定→コンテンツの設定



大学生ブログ選手権
【参考エントリー】「『次世代コミュニケーションプランニング』(高広伯彦著)を読もうかどうか悩んでいる全ての人へ。」- イケダノリユキブログ ❤

2012年3月18日日曜日

Mr.Childrenから「広告」を考えてみる



櫻井さんがいつだったかのインタビュー記事で作詞技法について、こう言っていました。
「僕は詩を書く時、いくらでも具体的に書くことは 
できるけど、わざとぼやかして聴き手が想像できる 
スペースを空けておくんです。メッセージを言い切 
らないように、でも言い切った以上に、実感として 
感じてもらえるようにしたいと思っていて」
生き方とか考え方とか、つまり価値観において影響を受けた人物は誰かと問われれば間違いなく、真っ先に桜井さんが浮かびます。
物心ついた頃から、ミスチルの音楽が身近にあって、月日が経つのにつれてその音楽、詞(ことば)に心を奪われていきました。
僕が掻き集める端金のほとんどはミスチルのCDやDVDの購入代金へと費やされました。

そのごく一部

高校生、大学生へと進んでいく中で、自分の興味や音楽の趣味の幅も広がり、変容していく中でミスチルを聴く頻度は減っていきましたが、路頭に迷った時、一縷の光明を僕に差し出してくれるのはその音楽であり、桜井さんの詞でした。

櫻井さんは言わずもがな、才能溢れる人です。
作詞・作曲、ギターやピアノ。サッカーをはじめとしたスポーツまで。
そんな中で僕が一番、敬服するのは空間に茫漠と散らばった言葉の海から「詩」を取り出す才能です。
誰もが経験、感じたことのある心情の揺らぎ、得も言われぬ情動や人との関わりの中で芽生える慈愛。
そんな曖昧模糊としたもやもやをピタっと「言語化」する力、正確無比に矢を射るような視点。
誰かがそれを口にする時、歌うとき、「自分だけではないのだと」気付かされ、人の心をは揺り動かされ、感動を胸に感じるのだと思います。

「あるがままの心で生きられぬ弱さを、誰かのせいにして過ごしてる。知らぬ間に築いていた自分らしさの檻の中でもがいているなら、僕だってそうなんだ」(『名もなき詩』より)
「裸になって君と向き合っていたい。栄冠も成功も地位も名誉もたいしてさ、意味ないじゃん」(『es~Theme of es~』より)
「富を得た者はそうでない者より満たされてるって思ってるの?障害を持つ者はそうでない者より不自由だって誰が決めるの?目じゃないとこ、耳じゃないどこかを使って見聞きをしなければ見落としてしまう。何かに擬態したものばかり」(『擬態』より)

人々の間に「共感」を巻き起こすのは容易ではありません。
その具体性や輪郭が明瞭であればあるほど感動の振り幅は増大し、人の奥深くに突き刺さるものだと思います。
さて、そういった「具体性」であるとか、「輪郭」とは一体なんなのでしょうか。
それは見方によれば、各々が持つストーリーであり、オリジナリティであるといえるかもしれません。
それを誰かに伝える時。
ストーリーを色濃く投影すること、オリジナリティを全面に盛り込むこと。
はたして、そこにどれほどの効果や正当性があるでしょうか。

ストーリーが独創的かつ唯一無二の場合、一部の人々には熱烈に受け入れられ、かなり深度の強い「共感」が生み出される可能性はありますが、一般性・普遍性の欠落から、「共感」が及ぶ範囲は限定されてしまう可能性があります。
このジレンマに真正面から向かっていくのが、アーティストであり広告なのではないかと行き着いたわけです。
まあ、社会における営利志向のものごとはなんであれ、そういったパラドックスがまとわりついているわけですが。

「たとえそれが身銭にならなくとも、オリジナリティを追求したいんだ」商業音楽なんてクソ食らえだと声高に叫ぶ人がいるかもしれません。
見据える先、歌うことの当為が「お金」ではないと仮定したとき、なぜその人は楽器を奏で、歌をうたうのでしょうか。
自分の内なるものを人々に伝え、共に感じ合いたい、つまるところ「共感」が視座にあるのではないでしょうか。



「共感」を基底にする場合、話は再びオリジナリティのジレンマへと再帰します。
誰もが頷けるような、心の中に小さな火を灯すような「共感」は巻き込む範囲が広くなります。ですが、言葉は当り障りのない陳腐で安い言葉に収まってしまうことが定型です。
一過性が強く、ある時期爆発的にポピュラリティを得たとしても、永続性をほとんど持ちあわせておらず、シーズンの移ろいと共に忘却の彼方です。
この大衆迎合ループの中に日本のJ-POPはあるのかもしれません。

さて、その逆をもう一度考えてみます。
今度は型にはまらないような、オリジナリティに満ちた作品。
伝播力は相対的に低下しますが、ハマると一部のコアなレイヤーに浸透します。
これがいわゆるインディーズなどでしょうか。

これは音楽に限った話だけでなく、「広告」においてまた然りです。
分かりやすい例でいうと、僕が最近書いて、このブログにも掲載した文章「ティルとその主人
何人かの人が感想をくれました。
もうホントそれは二極化してて、「すごい、いい文章だね」「すこし泣きそうになった」など一辺倒に褒め讃えてくれる人、一方「なんだかチンプンカンプン」「あんまり響かなかった」と正直に共感を得れなかったと教えてくれた人。
題材が黒人奴隷であったこと、舞台がアメリカであったことなどが具体性を帯びすぎ、誰の胸もを打つような普遍性から逸脱する要因になったのだと思います。


僕は専攻が国際政治ということもあり、アメリカの南北戦争であったり、暗澹たる黒人の抑圧された奴隷としての民族史を基礎から学んでいます。
なので仮にこれが自分の文章でなく初見であったとしても一読して大意は理解できたと思います。
ですが、仮に僕が歴史に微塵も興味がない理系学生であったり、歴史嫌いな高校生であったとしたら、たしかにこの文章を一度通読しただけでは、コンテクストを理解できないかもしれません。
つまり、広告としては駄目駄目な文章なわけです。
かりに文字制限なく、背景設定やコンテクストの描写に字面を割くことができていればそれを多少なりとも克服できたのかもしれませんが、これまで滔々と話してきた「オリジナリティのジレンマ」を超克することにはならないわけです。

いま一度、冒頭の櫻井さんの言葉を。
「僕は詩を書く時、いくらでも具体的に書くことはできるけど、わざとぼやかして聴き手が想像できるスペースを空けておくんです。メッセージを言い切らないように、でも言い切った以上に、実感として感じてもらえるようにしたいと思っていて」

櫻井さんの絶妙なバランス感覚の淵源が垣間見える言葉ですよね。
あえて具体性をもたせずに「余白」をつくる。
つまり「共感」はあくまでも、感じることはあっても完全無欠に同じ体験などあり得ないという、至極当たり前でいて、見落としがちな真理を櫻井さんは言っているのではないかと思ったわけです。
ある人にとっての原体験は、どこまでいってもその人に固有の体験でしかなく、同じ場所で同じ演出で同じ行動をとったとしても完全一致できるはずない。
誰もがそれぞれのストーリーを抱えながら生きている。
ひとりひとりの間にあいた隙間に光(共感)を注ぎこむように、櫻井さんがあけた余白に、だれもがそれぞれのストーリーを乗せながら共感できるように。

この絶妙なバランス感覚をもってして、櫻井さんが意図的にあけた空白に人々が寄り添い、集うようにMr Childrenはここまで音楽を大成させてきたのかもしれません。

「わざと余白をつくること」
僕とあなたが共鳴できる隙間(スペース)を十分に確保しておくこと。
もっと意識しながら生きていきたいです。



大学生ブログ選手権

2012年3月7日水曜日

「共鳴装置」としてのツイッター、MAKE TVからフト思ったこと


昨晩、深夜TLが活気づいていました。
#dotswitchが大いに湧いていました。
PARTYが仕掛けたソーシャル×インタラクティブ×ライブ番組がTBSで放送されたんですね。
MAKE TVって何なの。Dot Switchって何なの。って方はコチラを参照。


ソニー"Dot Switch"のティーザーCM

その時、TLが#dotswitchでにぎわっていたのは間違いないんですが、よくよく見返してみるとざわめいていたのは結局広告界隈の人だけであった気がします。
これを継続したときにうねりが出るかどうかが問題なのだとは思いますが。



PARTY自体が代理店じゃなくLabって名乗ってるんだから、ビューがうんぬんとか、視聴者層が云々を言うのはフェアーじゃないというようなことを言ってる人も散見されました。
実験的な試みそのものを考えようじゃないかと。


僕自身は別にどちらでもよくて、MAKE TVがあって改めてツイッターについてちょっと考えさせられたなぁと。
もともとツイッターとTVの親和性の高さは顕著だったわけですが。
例えば、ラピュタの「バルス」の一件は記憶に新しいかと思います。
ついこの前も深夜にテレビで二郎特集が組まれていて、一斉にTLが賑わいました。

ただ昨日の一件はちょっと様相が違いました。
上述したように、それをつぶやいている人が著しく広告系クラスタに限定されていたのです。



「共鳴」の範囲が全体まで波及するときと、特定のクラスタに限定されるとき。
ティッピングポイントはどこなのか。もう少し、深堀りしてみたいです。

ただ、ツイッターの凄いところは、どこまで範囲を波及させるかはひとまず置いておいても、同一クラスタ内に盛んな議論を喚起したり、膨張性をもたらすことではないかと。
たぶん同じような理由から書籍などの購買率も上がったりするのかと思ったり、以前からフォローしていた人が本を刊行しましたとなると割りとナチュラルに買ってしまったりしてる。
僕はそうやって古市さん(@poe1985)さんの本を買ってしまった経緯があります。
【参考エントリー】『絶望の国の幸福な若者たち

ツイッターそのものについては、こんなふうにも思いました。
ツイッター上の生態系を社会学的に鳥瞰すると、その構造的な多様性に気付く。クラスタごとに樹形図みたく連関してたり。メディア化してRSSみたく機能してたり。あるいはあくまでコミュニケーションツールとして友達とリプライ飛ばし合ってたり。もしくは完黙を貫いてただタイムラインをなぞってる。なんだか社会の縮図みたい。(3/2)


大学生ブログ選手権

2012年3月5日月曜日

アイディアが煮詰まると、僕は"Hello, Idea"フリスクCMへ帰る

Hello, Idea



  • シンプルに考えてみる
  • フォーカスを合わせてみる
  • 視点を変えてみる
  • 白紙に戻してみる
  • 子供になって考えてみる
  • 掘り下げてみる
  • 俯瞰で考えてみる
  • テレビを消してみる
Frisk sharpens you up.




  • ベッド22%
  • 公園18%
  • 洗面所7%
  • トイレ37%
  • 風呂29%
  • バス17%
  • ステージ1%
  • エアポート4%
  • プール2%
  • 会議室0%
アイディアはどこで生まれるのか。それはもちろん、あなたの頭の中です。



アイディアを生むのは苦しい。
でも僕たちは知っている。
生まれる時の快感を。 



人は考え、悩み、時に思いつく。
そのアイディアは僕らを歓喜させ、興奮させ、夢中にさせ、熱中させてくれる。
アイディアは僕らを笑顔にし、人生を豊かにしてくれる。
さあ、アイディアに出会おう。 




  • ペン→ヘアピン
  • ケース→アジャスター
  • シーツ→ヒーロー
  • 本→金庫
  • 本→アルバム
誰が思い付いたかはわかりませんが、それもれっきとしたアイディアです。
ちなみに僕は一連のフリスクCMをつくったプランナーの方とお話したのですが、アイディアが生まれる場所「会議室0%」のCMは会議室で生まれたそうです。笑




2012年3月3日土曜日

文化庁メディア芸術祭に行ってきました


乃木坂、文化庁メディア芸術祭@国立新美術館へ。
小雨がぱらついていたからなのか、会場はそこまで混んでいませんでした。わりとゆったり鑑賞できました。期間は明日までですね。(3/4)


ツイッターでハッシュタグ#megeispaceをつけて、ツイートするとそれが宇宙に飛ぶという"SPACE BALLOON PROJECT"。
Galaxyは宇宙にまつわるキャンペーンが多いですね。


これは「べろべろ」という作品。
どーもくんみたいな茶色の怪物がひたすら渋谷を闊歩してる。


友人が以前から激プッシュしていたアプリ「リズムシ」は新人賞を受賞していました。
このかわいいUI。
どうやったらマネタイズできるかの視点からものづくりをはじめるのではなく、単純に面白半分で、自分の欲求に身を任せた結果、こーゆータイプの作品は生まれるのではないかと。


これは以前のエントリー「ぼくらは見えない鎖で繋がっている」でも紹介したIntel×Facebookのキャンペーン"The Museum of Me"です。大賞を受賞していました。
いま一度、作品に触れてみても圧倒されます。「世界のクリエイターはすごいな」とか言ってましたが、どうやら日本人クリエイターによるものだそうで。


美術館を回っていると、一見意味不明な作品に巡りあいます。
そこで立ち止まり、発せられるインスピレーションの淵源を追おうとせず、表象の意味するところと対峙する前に横に掲示された説明書きを読んでしまう。
自分の悪い癖。
数学の問題を自力で限界まで考えて見るまえに答えを覗き見しているかのような。

お勉強になりました。



大学生ブログ選手権

2012年2月25日土曜日

大島優子、ポカリスエット











最後のはポカリじゃないっすね。
いやー、ベストオブベスト。



大学生ブログ選手権