Each day is a little life: every waking and rising a little birth, every fresh morning a little youth, every going to rest and sleep a little death. - Arthur Schopenhauer
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2013年6月1日土曜日

もんじゃ放談#3 RSSフィード購読としての対人接客

インドから帰ってきて、いきなりGWのアルバイトは堪える。
それでも、半身が腐りながらも必死に物乞いをしていたインドの人々を思うと、健康に働けるという事実に大きな感謝。
どれだけ、仕事が大変だとしても、スペインはじめ先進国でさえ若年層の失業率が目立つ中で、働けることに喜びを感じたい。社員だろうが、アルバイトだろうが。

そして、時間の流れが一気に加速した。
インドで瞑想していたときは、一時間いや30分でさえ永遠に感じられた。
それが忙しなく接客しているとあっという間に深夜へ。
時間というものが圧倒的なまでに「相対的」なものであることを思い知らされる。

そんなこんなで覚えている限りで、#2に引き続き瑣末なことを今回も連々と。
こんなしょうもない備忘録でも、いつかフックとして有機的な連なりをみせることがあるから。
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5/5 バナナ梅酒
インドに行っている間に新しいお酒が入荷されていました。
うちの店は前から梅酒の種類は豊富なのです。



今回、↑の七福神梅酒に加え、新たに「バナナ梅酒」がメンバー入り。


新しいお酒を入荷する度に、試飲するのも一つの楽しみですね。


ぜんぜん話が変わりますが、個人経営の飲食店のお店で働いていると、全国津々浦々からご当地のおみやげを頂きます。
アルバイトであるぼくもそれらを食べる恩恵にあずかっているわけですが、その中でも個人的に群を抜いて大好きなのが落花生クッキーの「豆絞り」。千葉の名産なのですが、ピーナッツがクッキーと絶妙のマッチ。
このおみやげが来る度、嬉しくなります。緑茶と一緒に食べると尚美味しい。

5/6 アベノミクス?ホットケーキミックス?
中学生くらいの女の子たちの会話より。

5/9 草食系男子のダイエット
カップル。
「それって量多いですか?」と頼むメニューの一個一個に質問してくる。
「ぼく今ダイエット中なので」どうみても痩せてる。
挙句の果てに「カロリーどれくらいですか?」とまで。知らんわ。笑
会計のときに「運転代行頼めますか?」と。
どうやらボンボンらしい。きっと生活感覚が根本的に違うのだと思った。

5/10 方言について
日本というこんなに小さな国にさえ、方言がある。
福島で教習を受けていたときは教官がなんて言っているのか理解できなかった。
今日来た子連れの家族。子供がしきりに「〜ばい」と言っていて、とっても愛らしかった。
東京で生まれ育った身からすると、方言が羨ましい。
そういえば、標準語の「だよね〜」という同意語に対して、関西弁の女性が「な~」というのは強烈な威力がある。可愛すぎですよ。東京生まれ育ちだから感じるだけなんですかね。。


5/11 就活中のおばさん
これまで産婦人科で助産助手をしていたというおばさん。
(そもそも、何の資格もなしにそんなことができることを初めて知った。やはり産婦人科の慢性的な人材不足が背景にあるのだと思う)
それで今は仕事をやめ、再び医療関係で仕事を探しているとのこと。
連れの男性が「歯医者は?」と尋ねたのに対し、「歯科院のアシスタントは20代までね」とのこと。
たしかに歯医者さんのアシスタントは若い女性ばかり。
就活しているのは何も学生だけじゃない。

5/12 "承認欲"の根源について
小学生にも満たないほどの幼子がお母さんに、しきりに「みてみて、ピアノ弾くの」とおもちゃのピアノを弾ことしていた。
お母さんが見てくれないと、駄々をこねてしきりに注目を得ようとしていた。
人が誰かにみてほしい、注目してほしい、認めてほしいという感情はきっと社会性をみにつける前に、生得的に持っているのかもしれない。どこにその淵源はあるのだろう。

5/17 松嶋菜々子・反町夫妻のドーベルマン事件
普段、政治・経済やスポーツ、そしてテック、ガジェット系のニュースや記事は朝起きて、ひと通り目を通すものの、芸能エンタメは素通りしてしまう。
でも、飲食店で働いていると、自然とそっち方面のニュースが聞こえてくるから、結局は耳に入る。
たとえば今日はお客さんが松嶋菜々子、反町隆史夫妻が飼っている犬が著名デザイナー(佐藤可士和さんのことですね)の妻を噛んでしまった事件で、385万円の損害賠償をした事件を話していた。
ちなみに佐藤可士和、反町夫妻が住む家賃175万円の家、ラ・トゥール代官山。


5/18 関西風もんじゃとは?
京都から来ていたお客さんが教えてくれた関西風もんじゃ。奈良にあるそう。
食べログのクチコミを覗いてみたら、見た目はもんじゃで味はたこ焼きだそう。笑
関西に行く機会があればぜひ一度味見してみたいです。

5/19 葛西のインド人街
葛西には横浜のチャイナタウンならぬ、リトルインディアともいうべきインド人街が形成されているらしい。とりわけ西葛西。
統計によると、2万3千人ほどの在日インド人人口の中でその1割にも及ぶ2000人が葛西に住んでいるらしい。(参考記事)
実は僕自身も幼少期の3年間を葛西で過ごしたので、少し驚きです。
こういったコミュニティはどこか内向的で閉鎖的なんですが、アウトサイダーとして訪れる分には楽しいですよね。新大久保など。ニューヨークへ行った時も当然リトルイタリーに足を運びました。

5/20 Docomo is stupid.
日本に滞在してながいとみられる(日本語も流暢だった)外国人のお客さん。
とくにiPhoneの権利に頑なに手を出そうとしない姿勢を引き合いにだしながら、ドコモを痛烈に批判していた。"Docomo is stupid"と言っていた。
詳細な真意までは分からないが、やっぱり海外の人からみても「ガラパゴス」と映るのだろうか。


5/26 自称エロ坊主
相撲が千秋楽になると、両国で相撲観戦をしたあとにいつもうちのお店に寄ってくれる大好きな常連さん。
職業はお坊さんなのに、なぜかいつもコンパニオンの若い女性を連れている。
自分で"エロ坊主"といっていて、どんなこともギャグに変換してしまう。ある意味でこの人ほどに頭の回転が速い人をみたことがない。
時折、根っから真面目そうな若い坊主の人をコンパニオンの女性たちと共に連れてきていて、なかなか滑稽。
自分の将来も応援してくれる大好きなお客さんの一人。


5/29 弘前公園の枝垂れ桜
セミプロのカメラマンのお客さんが、先日弘前公園で撮ったしだれ桜の写真をみせてくださった。
一度、酒田市まで足を運んで弘前城や松島を一人旅したい。

5/30 メロンのぬか漬け
そんなものがあるのか、って話なんですが。(コチラのブログでレシピが紹介されてました)
でも考えてみれば、メロンってウリ科なんですね。(うえのブログでメロンの断面があるのですが、言われてみればたしかにピクルスの断面に酷似している...)
ピクルスといえば、アメリカで寮暮らしだったとき常に冷蔵庫にアヒルかなんかがキャラクターのものをを常備してたなー。まるごと一本のやつ。大好きです。嫌いな人多いけど。
ちなみにこの話をしていたお客さんたちは、じゃあ「パパイヤ」ってなんなんだってことでも盛り上がっていました。
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こうしてザーッと見返してみると、他愛もない話題ばかりが連々。
でも単純作業(なんのコミュニケーションも介在しない)ルーティーンワークは自分には無理だなーとつくづく思います。
やる仕事は同じでも、相手にするのが人間ならば(対人接客)毎日が同じものにならずに、常に出逢いや新しい話題に満ちていて本当にたのしい。
なにも部屋にこもって、RSSフィードを漁らなくても、日常にニューズは充溢してるということですね。

#4へ。

2012年11月12日月曜日

ソーシャルメディアで位相転換が起こっているのかもしれない


ツイッター、フェイスブックをはじめとしたソーシャルメディアがわたしたちの生活に埋め込まれ、「当たり前」のものとなってから久しくなりました。
当初は乱立するメディアの使い分けが明確でなかったものの、今ではかなりの程度目的に沿った棲み分けがなされるようになりました。

つい今日TLで流れていた「mixiはメッセージを監視している?」など、mixiは凋落する一途で、嘲笑・disりの関連でしか目にならないほどになり、去年までは「地元の友達はまだ使っている」と周りでは言っていましたが、その"地元の友達"の大部分もフェイスブックに移行した印象をうけます。
(アメリカではフェイスブック離れが進行しているようですが...)

日本に焦点を当てて、少し話してみたいと思います。
ほぼすべてのクラスタでフェイスブック移行が完了して、ソーシャルメディアの一番基本的なプラットフォームとしての位置を確立した格好。
ぼくたちの若い世代に限定されず、ユーザー層が幅広いのも特徴かと。


と、小田嶋さんが今日言っていたことにぼくは半分同意です。
純粋にパーソナルなメモリーログとしてフェイスブックを利用している人が大半なのだとは思います。
一方でリア充アピール、それに白目剥いて発狂する、非リア発火装置のような様相も一方ではあるわけで。

ツイッターに関しては、(あくまでぼくの周りはということですが)アクティブユーザーは漸進的に減っている印象。でもみんなまだポツポツと使ってはいる。
ぼくも未だに使っていて、情報の即時性(フレッシュさ)や多様性は数多ある情報サービスの中では優秀で使い勝手もいいと思っています。


ツイッターは本義的に、何気ない日常における場面を「つぶやく」メディアとして登場しましたが、今ではかなり性格が変容して、情報メディアとして地位を確立しました。

前略プロフの項目を頻繁に変えたり、付属機能としてあった「リアル」を常時更新していたように、人間の「つぶやきたい」願望はウェブ登場以来、脈々と受け継がれていて、かなり人間の行動心理の核なんだと思っています。

ただ既述のように、もはやツイッターが「つぶやくためだけの場所」ではなくなった今、その場所が他のメディアに場所を鞍替えしたかのようです。
ツイッターの拡散性はおそらく人の承認欲と結びつきやすく、リツイートやお気に入り(ふぁぼ)機能はある意味で、その人・ツイートの認知度を可視化します。フォロワー数も同様に。
それが承認欲を下支えしているとまではいいませんが、最近の全体的なTLの傾向を考えてみると、ツイッター発足当時の「お腹すいた」「眠い」などの返答を必要としないようなツイートではなく、「いかにふぁぼられるか」を追求したような拡散の波にのることを企図したツイートが目立つ気がします。


ただ「お腹すいた」「眠い」のようなごくごくパーソナルで他人(Webでのみ関わりのあるような)には一見無意味なことでさえ、吐き出したくなる承認欲とは切り離された根源的な何かは消失したわけではなくて、Google+やPathにシフトしたようです。(永続的なものではないと確信していますが)

たとえば、Pathは顔見知りので構成されるクローズドメディアなので、上記のような瑣末なポストにも反応が起こります。

メディア、とくにソーシャルメディアの位相転換は刻々と起こっていて、安定化する見通しはなさそうですが、何の気ない気持ちや感情をただ吐き出したい深層心理に沈殿した、このナニカはメディアが変わっていっても残存し続けるものなのではないかという気がしています。


【昔書いた関連】
・「ソーシャルグラフの膨張への反発としてのクローズド渇望」
・「オープンとクローズドの緩衝地点」
・「ツイッター日本語ハッシュタグにみる日本語の強さ」