Each day is a little life: every waking and rising a little birth, every fresh morning a little youth, every going to rest and sleep a little death. - Arthur Schopenhauer

2011年12月23日金曜日

ソーシャルグラフの膨張への反発としてのクローズド渇望

New Born/ Muse


先日@が面白い事をPathのポストで言っていました。
「PathはSNS難民の避難所なのかもしれない」
Pathについては以前のエントリーで書きました。「【アプリ2】Path

これはある意味すごく的を得ているんじゃないかなと思います。
日本でもFacebookがある程度普及しました。
日を追うごとにフレンドの数も増えます。ところがフレンド申請を承認する基準が概して、低いため、ソーシャルグラフがいろんな方向に枝分かれし、膨張するため、ほとんど収拾がつかなくなってきます。
一応、範囲の設定をすることも可能です。Google+を使えば、サークル機能であらかじめクラスタのセグメント化もできます。
でもそうやって区画分けすること自体が煩雑になってきているのです。



ソーシャルグラフ膨張の歪みの一端としてツイッターに鍵を付ける人が増えてきているのではないでしょうか。あくまで一因でしょうが。

そこで最近、勃興してきたクローズドなSNS。
今までのみんなを繋ぐタイプのSNSの潮流とは真逆のコンセプトで設計されています。
Pathの場合、はじめからフレンド数が限定されているため、Facebookとは異なり、フレンドになるか否かの判定が厳密になります。
本当に親しい友人たちとのみ触れ合う「場」なのです。

そんなわけで僕はPathを本格的に使い始めてからは目に見えてツイート数が減りました。
極めて個人的で公共性のないツイートはPathに垂れ流すようになりました。
この事については@さんが同じようなことを昨日ツイートしていました。


これからもっとこの傾向は強まっていきそうですね。
肩肘張らずに気軽に呟けるって本来のツイッターの姿だと思うんですよ。

こんなものも見つけました。
BetweenというサービスはふたりだけのSNSだそうで、究極のクローズド空間ということですね。
他にも「“2人だけのSNS” 恋人たちの専用アプリ「Honeylemon」」など類似サービスが散見されます。
オープンとクローズドの交差点、どこに自分の位置を見出していけばいいのでしょう。
大学生ブログ選手権
関連エントリー:「オープンとクローズドの緩衝地点

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