Each day is a little life: every waking and rising a little birth, every fresh morning a little youth, every going to rest and sleep a little death. - Arthur Schopenhauer

2014年4月7日月曜日

Something Ever After / the HIATUS <和訳>


君の隣で目覚めると
君は僕を夕陽の光のようだと言った
君は僕にとってそれ以上の存在だった

夜光列車を待ちながら
僕の目に映る世界を描き出す
もしまた君に会えるなら
僕を忘れないでいて
そしてまた抱きしめて

海に叩きつける稲妻
山道を照らす朝陽
尾根にかかった夕暮れをみたかな
僕らの最高の日々を思い出してる
君のフードに降り注ぐ雨粒の音を聞いたかな
古い灯台から放たれる光をみたかな
幸運を祈るよ 夜が深まっていく
永久に続くものなんてあるのかな

君の隣で目覚めると
君は僕を夕陽の光のようだと言った
君は僕にとってそれ以上の存在だった

凍えて寝つけない真夜中
北極光を探してる
そして瓶は空っぽだ

どうして僕は一切の無邪気さを手放してしまったのか教えて
きっと僕はすべての内側まで知るのを怖れてたんだ
もしもう一度だけ君に伝えられたなら
そのときまで君が残してくれた思い出を心にしまっておくよ

海に叩きつける稲妻
山道を照らす朝陽
尾根にかかった夕暮れをみたかな
僕らの最高の日々を思い出してる
君のフードに降り注ぐ雨粒の音を聞いたかな
古い灯台から放たれる光をみたかな
幸運を祈るよ 夜が深まっていく
今まで永久に続くものなんてあったかな
元詩

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【前回和訳したハイエイタスの曲】⇒Tales Of Sorrow Street / the HIATUS <和訳>

2014年4月5日土曜日

読書考2―残された時間のなかで、あと何冊の本を読むことができるだろうか?


友人から脈絡もなく、「普段どうやって読書をやってるか」また「どうやって内容を自分自身に内在化させているか」というLINEが届きました。
それに滔々と答えているうちに、かなりの分量になったので、コチラにも残しておきます。

とのブログを1年前にも書きました。
読書に対する姿勢はこの時からそれほど変わっていません。

Ⅰ. 残された時間のなかで、あと何冊の本を読むことができるだろうか?

①「時給1000円のアルバイターは資本主義下の豚なのか」そして③「「本を読む」ということは、「命」を差し出すことでもある
この2点を突き詰めていくと、単純に読書量を増やせば事足りるということでもない気がしてきます。
高校生のときまで、いや大学1年生くらいまで、ひたすら乱読に耽っていました。
ある意味で向こう見ずに、闇雲に、濫読するという行為は"若いうちは"奨励されるべきことなのかもしれません。
自分自身の中で、れっきとした興味・関心の方向性を自覚していたとしても、それはこれまでに出会った絶対的に限定されたインプット量から導き出された"とりあえず"のインタレストでしかないわけです。
社会は進めばすすむほど広く、先人たちによって積み重ねられてきた知の塔はあまりにも高い。
こと読書に関するかぎり、死するまで"飽く"ことないであろう蓄積がある。
(おそらくではありますが)知の巨人たちも例に漏れず、こういったプロセスを辿ってきたのだと思われます。

ところがです。
図書館で目を覆うほどに四方八方に所狭しと積み上げられた蔵書に囲まれると、未だ知らぬ知への高揚感から来る興奮と同時に、残された自分の生のうちで一体どれだけココにある本を読めるだろうかという圧倒的な虚無感と寂寞に身を抓まれます。

SNSから常時、垂れ流れてくるニュースや言説の束。
はたまた、あちこちから発信されるコンテンツ。
そういった情報のシャワーはできるだけ、積極的に多く浴びれば浴びるほどいいモノかと思っていましたが、少しづつ考えが変わってきました。
どれほどテクノロジーに進化がもたらされ、メディア環境が変容しようと人間の根幹的な部分はそれほど変化していない。
(たしかに寿命は延びたのかもしれませんが)基本的に1日24時間であるということ、基本的な認知能力に進歩はそれほどないであろうということ。



Ⅱ. どれだけ読むのかではなく、どれだけ読まないか

そうなると、インプットへも慎重になっていかざるをえません。
自分が欲している情報は何なのか、アウトプットを削ってまで得るべき情報なのか。
いかに多くの情報を取り込むのか、ではなくいかに多くの情報を得ないか」「いかに多くの本を読むか、ではなくいかに多くの本を読まないか」という視点が芽生えてきました。
もちろんそのためには必然的に「質 quality」を追求していく姿勢が不可欠になってきます。
量は質に転化していく」このフェーズを経たのちに、量そのものは減らし、質は向上させていというように、自分の読書遍歴を振り返ると思考をスライドさせてきたように思います。
上質な情報への直観的なな嗅覚センサーの精度を上げていく。(その意味で多くの知識人が唱道するように古典は概して"外れ"が少ない。歴史という苛烈な淘汰競争をくぐり抜けてきた書物だけに"古典"という冠が付与される)
ネットに氾濫する記事も、本に書かれた内容も、媒体はなんであれ、それを読み聞きしただけでは"インプット"にはならないと考えています。
それらはあくまで「生(raw)の情報 」でしかないのです。

そこで今回、一歩だけ踏み込んで考えてみたいのが上記のエントリーでいう②「咀嚼、消化、排泄、そして循環」です。



Ⅲ. アウトプットがあって、はじめてインプットがある

本を読むときは、いつも気になった箇所の写し書き、思考の補助線となるようなメモをとることを心がけています。
時間に余裕のあるときはこのブログにも読書メモ的ブログを残すことも長く続けています。

このような端的に言って"面倒くさい"作業にも、それなりの対価があります。
アフィリエイトといった雀の涙にしかならない収入はそもそも考えないとしても、わざわざ当該箇所をそっくりそのままタイプすることで知らず知らずのうちに自分の中にもそういった言葉や思考が受肉されていくのです。

パソコンなどなかった時代、多くの作家たちは修練の手段として、先人たちの作品の写経をしこしこやっていたといいますが、その感覚としては近いのかもしれません。
じっさいに手を動かすことで、脳にも刷り込ませていく。
「守・破・離」でいう、"守"にあたる部分です。

「いや、これはどうなんだろう」「こういう考えもあるのではないか」と批判的読書をする中で自身の考察も簡単に添えておくようにする。
読書とは筆者の一方的なモノローグではなく、対話であるべき行為です。
てんでバラバラに散逸した思考の破片を集めて、一つの論考としてまとめ上げる、いわゆる"アウトプット"。
質の高いインプットがあってはじめて、質の高いインプットができると考えられていますが、(少なくとも自分の場合)それは逆であると考えています。
アウトプットという行為を通じて、はじめてインプットへ至るということです。
両者は分かちがたく結びついた関係性にあり、"表裏"というより"円環"と言った方が精確かもしれません。
歴史学の大家であるイギリスのE・H・カーはかの有名な『歴史とは何か』の中で、このように述べています。
読むことは、書くことによって導かれ、方向を与えられ、豊かにされます。書けば書くほど、私は自分が求めているものを一層よく知るようになり、自分が見出したものの意味や重要性を一層よく理解するようになります。
表題にした「残された時間のなかで、あと何冊の本を読むことができるのだろうか?」という思いは常に、否定しがたく心のうちにあります。
そうであるなら、一冊読み終えたら、すぐさま次の一冊へ手を伸ばしたくなる。
でも、そこで一歩立ち止まってみる。

本を読むということは、"ヴィークル"に乗り込み、旅にでるということ」という短いエントリーにも書いたように「はじめに」から「おわりに」の中では様々な筆者と読者の思索のやりとりがあったはずです。
それらに再び思いを巡らし、まとまりをつける。
自分の身内で思考をすり合わせ、言葉を与え、形にする。(ブログを書くというのは、思考を"箱"に入れるという感覚に近いかもしれません)
一度箱にしまえば、いつでも取り出すことができる。

ブログのタイトルにもしている「言葉を手にしていく感覚」とは、こうしたアウトプットから引き出されるインプットにほかならないのです。


2014年4月2日水曜日

Tales Of Sorrow Street / the HIATUS <和訳>


気にしなくていい 君は大丈夫だから
よそよそしくしないで いつだって僕はここにいるから
気にしなくていい 君は大丈夫だから
よそよそしくしないで いつだって僕はここにいるから

持ちこたえて カウントして 天井を見つめてる
そして君がまだ僕の救世主だって分かってる
持ちこたえて カウントして 天井を見つめてる
そして今日もまた君が救ってくれるって知ってる

気にしなくていい 君は大丈夫だから
よそよそしくしないで いつだって僕はここにいるから
気にしなくていい 君は大丈夫だから
よそよそしくしないで いつだって僕はここにいるから

"悲哀の街"を僕が歩くとき、その歌も流れ続ける
君のドアへ行くよ

持ちこたえて カウントして 天井を見つめてる
そして君がまだ僕の救世主だって分かってる
持ちこたえて カウントして 天井を見つめてる
そして今日もまた君が救ってくれるって知ってる

気にしなくていい 君は大丈夫だから
よそよそしくしないで いつだって僕はここにいるから
気にしなくていい 君は大丈夫だから
よそよそしくしないで いつだって僕はここにいるから
元詩


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【前回和訳したハイエイタスの曲】⇒Sunset Off The Coastline / the HIATUS <和訳>

2014年3月31日月曜日

「金髪」であるということについて



「金髪」
なぜ髪や頭皮を痛めてまで、髪の毛の色を変える必要があるのでしょうか。

染髪することなんてわりかしポピュラーだし、何の気ないことのように思えるようで、実は背景や効用があるような気がするのです。

大学生のときにも、(ある意味並みの学生らしく)茶髪、金髪、パーマなど人並みのおめかしはしたのですが、大学を出てからなお「金髪」でいた事から、色々思うところがあったので、ここに少し記しておこうかと。

というのも、大学を出てからすぐに就職しなかったこともあり、昨年1年間はプラプラしてたぼくは各所で意図せずして「金髪東大野郎」という名誉か不名誉か、というニックネームで呼ばれるように。
名前は覚えられてないのに、「金髪」「東大」というラベルだけはしっかりと皆さんの記憶には残っているようで。

まずは「ラベル」という役割があるのです。
とりわけ黒髪、黄色人種と同質性の高い日本においては、表層的な個性を出すのはファッションであったり、髪型なわけです。(てなことも日本が独特のファッションカルチャーを育んでこれた要員かとも推察しています。きゃりーぱみゅぱみゅとかはその極致)
とりわけ大勢順応に反旗を翻すティーンエージャーほど髪を染めたり、ピアス等のアクセサリーを身につけたり、タトゥーを入れたがったりします。
その向こう側でレールの向こう側にいる"大人"たちからは白い目で見られるのです。

日本では社会のシステムとして同質性を強める装置が各所に埋め込まれています。
体育の時の「前へならえ」などのフィジカルな習慣など見えにくいものもありますが、基本的には制服の着用があって、ピアスや染髪の禁止が規定にある。

LIFEVIDEOの代表を務められている土屋プロデューサーといえば金髪がトレードマークでしたが、去年くらいから黒髪に戻されています。
先日、お会いしたときに理由を尋ねると「信用を得られないから」とおっしゃっています。
LIFEVIDEOのメイン顧客は経営者を中心とした高齢者層。
金髪でいると、彼らの"グループ"にカウントしてくれないというのです。
そういう意味で言うと、黒髪、スーツにネクタイというのは一つの「表明」でもあるわけです。
「わたしはあなた達と同じ"グループ"ですよ」という。

その一方、ぼく個人の昨年一年間を金髪で過ごした体験はポジティブなものでした。
もちろん立場や状況が違うので、こういう経験をするに至ったということなのですが。

まず冒頭に書いたように、覚えてもらいやすい。
「あー、金髪の君か」と。

「金髪」であるということは、「金髪にする奴」というカテゴライズをされます。
歳が上の人ほど、懐疑的な眼でみてきます。(これは色んなことに敷衍できて、タトゥーなんかはもうちょっと度を強くしたものでしょう)

たとえば大学にて。
金髪の僕に対する教授の内心は「どうせ中身のないやつ。不真面目なやつ」という印象をはじめに持たれるかもしれません。

ですが!です。
そこで逆に好印象を持たれるような所作をすれば、倍の効果をもたらすのではないかとも思うのです。
「人間中身だよ」とは言うものの、見た目・外見がもたらす心理的認知的効果というものももちろん看過できません。
金髪なんて生やさしいですが、個性的な外見をしているほど、外見からは意外な所作をすることによって、普通の格好の人と同じ所作であっても評価されたり、注目されることがあるのではないかと思うのです。

取っ掛かりというのはいつも大事なものです。
どれほど内容の優れた本であっても、書店で誰の目にもつかず、手にとってもらえなければ意味がありません。

例を挙げようと思えばたくさん挙げられるのですが、たとえば東進ハイスクールで古文を教えられている吉野敬介さんなんかはその好例で、(というか東進はそういう先生が多い)見た目は強面なのに、語り口は優しく、中身も分かりやすい。
自分次第で"正の落差"を作り出せるというのが金髪、ひいては外見的個性の醍醐味かな〜と思ったのでした。

Sunset Off The Coastline / the HIATUS <和訳>


ぼくが生まれた年
ヴェトナム戦争が終結した
"解放の時がきた"
そんな風になるんだって思ってた

うまく思い出せない
どうやってこの街に行き着いたのか
今でも思うんだ
まるで君と初めて会った日かのように

来ては過ぎ去っていく電車を君は見てた
古い街から取り残されたもの
僕の中で花は育つ

少しずつ学びながら僕も歳をとった
うんざりして 褪せてった
海岸線に沈んでいく夕陽のような
僕らのハッピーエンディングを信じながら

決して裏切らなかった
僕らは嘘をついたことさえなかった
彼らに憎まれる前に僕らが忌み嫌ってた
彼女はとても強かった
そして彼女はとても悲しげだった
きっと僕も同じだったんだと思う

ただ目を閉じないで
ただ目を閉じないで

これが僕の行く方角なのかもしれない
君は平気だって言う
僕らはただ答えを望んでいるだけなのに
一方向に風が吹いている
君は平気だって言う
僕らはただ答えを望んでいるだけなのに

僕は考えを書き残してる
守るべきものかのように追いかけてる
頼るべきものかのように
帆を上げ旅立つとき
君は賭けるためのものをくれた
進み続けていくためのものを

全てが過ぎ去って僕はなんとか凌いだ
君の頬 朝が僕に思い起こさせる
闇を切り裂いた
君が立つ場所に種を残して
僕の心情を君が覗きこめば
君の花は育つ
元詩

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【前回和訳したハイエイタスの曲】⇒Unhurt / the HIATUS <和訳>

2014年3月30日日曜日

読書『ゼロ秒思考 頭がよくなる世界一シンプルなトレーニング』赤羽雄二著


学生時代、applim+に出場したときにお世話になった赤羽雄二さんの『ゼロ秒思考』を読んだ。
アプリムとは学生のマーケティング・コンテストのことで、たしか赤羽さんは審査委員長だったような。

タイトルの「ゼロ秒思考」とは物事を"深く"考えないことを指す。
つまり沈思黙考とはまったく逆のベクトルから思考をするということ。
反射的に思考を回転させていく。



そのために本著の大部分を割いて提唱されているのが、毎日A4の紙に10分程度の時間を設け、自分の頭に浮かぶトピックについて深く考えることなく、素早く言語化していく作業。
これを繰り返すことで、思考が研ぎ澄まされ、文字通り"ゼロ秒"で思考処理していけるという。

その意味で外山滋比古さんの『思考の整理学』に代表されるようないわゆる思考術本ではないかもしれない。
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具体的なメソッドはひとまず措いといて、僕も能動的に言語化・文章化(output)する作業が思考をアジャイルにしていくのには不可避だという考えをもっている。

雲散した思考の断片やアイディアの束をとらえ、言語化する環境は今ほど整理されていないのではないかと思う。
ブログはまさにそのプラットフォームに最適で、こうしてぼくも読書ログや断想のメモに使っている。それを公開することで、文章の向こうに読者を想定し、なるべく独善的なモノローグにならないように気を配る。
村上春樹さんが常々「自分はモノを書きながら、考えをすすめていく」というように、言葉を吐き出し、文章に落としこんでいくことで「ああ、こういう風に自分は考えていたのか」という自身の思考回路の配列を発見することもある。

いちおうぼくの中でもザックリとしたアウトプットの場のカテゴライズがあって、一番即応的に吐き出す場としてはTwitter。気になったフィードやちょっとした呟きなどを吐き出す。ブログで拾い出すときはTwilogで検索。
パーソナルなものならLINEのグループやPathに。
英語のログや気になった動画はTumblrに投げる。
節目節目の報告や特に重要だと思った情報はFacebookでシェアする。
その他のシェアするには値しないけれどもストックしておきたい情報や自分の規範となるような心得はスタック分けしたEvernoteで保存。仕事関係などファイルの類はもちろんDropboxに。

とまあほとんどハードで保存することはなくなっていて、本著の提言とまったく逆行しているのですが。
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2014年3月26日水曜日

Unhurt / the HIATUS <和訳>


こんな日を迎えるなんて思ってもみなかった
ここまで遠くにこれるほど強いなんて思ってもなかった
焼け跡を取り除けるなんて思ったこともない
また呼吸ができるなんて思いもしなかった

こうやって生きるために
多くのものが過ぎ去っていった
こうやって生きるために
地面に叩き付けられることもあった
でもまだ未完成だ、傷も負ってない
そして呼ぶよ、君の名前を呼ぶよ、太陽に向けて
振り落とせ
僕らにはこのゲームを誰がまた制するかなんて分からない

心を落ち着けて
罠にかけられたなんて思わないで
君は自身の途を選ぶ
気持ちを包んで
怖がらないで
君がそう言ったんだ

飛び上がるよ
今日を生き切れるから
多くのものが過ぎ去っていった
こうやって生きるために
君が来るなんて思ってもみなかった
そしてまだ未完成だ、傷も負ってない
呼ぶよ、君の名前を呼ぶよ、太陽に向けて
振り落とそうぜ
僕らがこのゲームをまた制すなんて思ってもみなかった
このゲームをまた制すなんて

僕は分かってる君が近くにいること
僕は分かってる君が近くにいること
僕は分かってる君が近くにいること
元詩

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【前回和訳したハイエイタスの曲】⇒Thirst / the HIATUS <和訳>
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