Each day is a little life: every waking and rising a little birth, every fresh morning a little youth, every going to rest and sleep a little death. - Arthur Schopenhauer
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2013年5月16日木曜日

インド瞑想記⑨ 宇宙にとっての「宇宙」― "Sky's the limit" is the limit.

#⑧続編

1週間を越えた。残すところあと3日。
1週間ではなく、10日間というのがこのヴィパッサナーの肝なのかもしれない。
どれほど長い一日も、明けない夜はない。
イェール大医学部で勉強している、というザ・夢を見て目覚める。

朝起き、眠気まなこでふと思う。
今日という自分にとって何気のない日も誰かにとっては"はじまり"の日であり、また誰かにとっては"最期"の日であるということを。

部屋のトイレの便座にヤモリがいる。
仕方なく、公衆トイレへ向かう。そこにもヤモリがいる。
"諦観"というのはこうゆうことを言うのか。笑
毎朝起きて必ず全身に日本から持参した虫除けスプレーをふりかけ、部屋に蚊帳もあるのに蚊に刺され続ける。かといって、蚊でさえ殺傷は禁じられている。
なんだかRADWIMPSの「おしゃかさま」から「DADA」の連なりが頭にイメージとして浮かぶ。



カラスが増えたから殺します。さらに猿が増えたから減らします。でもパンダは減ったから増やします。けど人類は増えても増やします。
僕らはいつでも神様に願って拝んでても、いつしかそうさ僕ら人類が神様になってたの。何様なのさ。 

生きてる間すべて遠回り、すべて大回り、なのにそれなのに。近道探してみて小回り、お巡りに見つからないようにばっかり。
あげくの果ては拝み神頼み、少しでも楽に他人よりも前に。叶わぬと知るや否や嫌みひがみ鬼畜の極み南無阿弥陀仏。 
日本にいた時は、ラッドウインプスなんてほとんど聴いていなかったのになぜかインドに来てからしょっちゅう脳内再生が始まる。どしてだろ。

卒倒事件以来、フルーツを意識的に多く摂るようにして快便になった。
前にも書いたけれども、とにかくここの果物は種が多く、食べにくい。(果物の品種改良がなされているか否かも先進/後進を隔てるものなのかもしれない)
日に日に、口の中で種をより分け、吐き出す技術が向上していく。
それでもまだ、立ちくらみの頻度は思うように減らない。あと数日の辛抱。
日本で毎朝食べていたフルグラが恋しい。

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■修行の後半戦
■最終日

2013年5月13日月曜日

インド瞑想記⑧ 単調な日々を淡々と、だけど地に足をつけて

#⑦続編

緊張感を持って、サバイバル意識を持って毎日を生きる。
何気ない一日こそ、一瞬一瞬に「生」をねじ込んでいく。常に前のめりに。
射程に強靭な精神、精悍な顔つき、心の中に孤絶した砦を。
独立心と主体性。

どれほど過酷な環境に置かれていても、気持ちの持ちようで自分は常に"自由"であり続けられる。
ホリエモンは収監され身体は牢屋にあったが、心はずっと自由なままだった新刊で言っていた。

星新一の短篇集の中で「欲望の城」という物語がある。
現実世界の生活はとても苦しくて、何の代わり映えもしない男が、常にニコニコ笑顔で充実した様子で生きている。
彼は夢の中に欲望の城を築城し、そこで次から次へと自分の欲しい物を取り揃えていく。

何が言いたいかというと、日本にいても、フロリダにいても、インドにいても「自分」は常に"そこ"に在るということ。
自分からは逃れられない。

日本での生活は「酒池肉林」だったような。そんな気さえしてくる。
ギリシャ人の参加者が明らかの体調を崩している。顔はやつれ、顔色も優れない。生気が感じられない。大丈夫だろうか。
菜食だからか、汗がほとんど臭わない気がする。

一曲聴くことが許されたならDragon Ashの「静かな日々の階段を」聴きたいと思う。
草木は緑、花は咲き誇り色とりどり
四季はまた巡り、小春日和
用もないのにただ 並木通り 思う今一人
ハーフタイムなんてなしに過ぎる日常
俺もなんとかここで一応、やりくりしてるわけで
時にはなりふり構わずに生きよう
むかえる朝 変わらずにまだ 陽はまた昇り
くりかえしてゆく
窓の外は南風 洗い流してこの胸の痛みまで
過ぎ去りし日の涙 時がやがて無意識の中 連れ去るのなら
大事なのは光だけ あともう少しここにいたいだけ  
フロリダ大学に留学しているときに、よく聴いていた。
あの頃は、コレ以上に時間がゆっくり流れていくこともないだろうと思っていたけど、ここでの生活は遥かにそれを上回る。

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2013年5月8日水曜日

インド瞑想記⑤ いわゆる「静かな日々の階段」― just continuum

#④の続き

億劫で仕方なかった4時起床。
3日も過ぎると、目覚めが気持ちよくなってきた。
ぼんやりと、まだ開ききらない瞼をこすりながら、窓の外に広がるファジーネーブル色の曙光をみつめる。

ベッドから這い出ると、すぐに顔を水で洗った後、外に出てラジオ体操のようなものをやり、全身に目覚めの号令をかける。
天に向かって思いっきり背中を伸ばす。とっても気持ちがイイ。
(早起きといえば、この記事がとても有益に思いました。とくに日本に帰国してこの生活を維持するためにも。「早起きの常識を覆したら、毎朝5時に起きられるようになったお話」)
ホールでの瞑想に参加する前に洗濯を済ませておく。太陽が照りつけていて、乾くのは極めて早い。

こんな風にゆったりと、何に追われるでもなく、静謐な時間の中に身をおいているとソローがエッセイで言っていたことがよくわかる。
一日一日が、これまでけがしてきた時間よりも早くて、神聖で、曙光に満たされた時間を含んでることを信じない人間は、結局、人生に絶望しているのであり、暗さをつのらせてゆく坂道を転落しているのである。感覚的な生活がいったん中断されたあと、人間の魂、いや、むしろ魂の諸器官は、毎朝活力を取り戻し、そのひとの「霊性」は、ふたたび気高い生活を営もうと努力するのである
ただ、さすがに毎日同じ飯には辟易した。味は悪くないのだが。
高校1年次の夏に1ヶ月間ユタ・ソルトレイクシティにホームステイしていたときのことを思い出した。ホストファミリーといっても、70〜80歳くらいのおばあさん一人。
敬虔なモルモン教徒で、近くの教会の牧師をやっていて、宗教関連の啓発書も何冊か出版しているほどの筋金入りの宗教家。
話題の9割は宗教だった。
そして出される食事は1ヶ月間不変(自家栽培の野菜、みたこともない野菜だったので未だに名称が分からない)で、みるみるうちに食欲も減退していき痩せ細っていった。
体力もみるみる減っていくぼくを見かねたのか、最終日にはタコベルに連れて行ってくれた。

よく海外に行って、日本語を耳にすると安心感や懐かしさを覚えるという。
インドに着いた当初、アメリカ英語を耳にすると同様の安堵感を覚えていた。
インド英語独特の訛り(わりとイギリス英語寄り)、ぼく自身の英語がアメリカ英語なので、最初は困惑しましたが徐々に慣れていった。
各国の英語といえば、有名ですがこの動画が最高にクオリティ高いですよね。(インド英語のイミテーションも最高です笑  個人的にはRussianが一番ツボですね、それからNigerianもうまく特徴つかんでる


夜の講話(discourse)もアクセントの強いインド英語だった。
この必死に言葉に食らいつこうとする感じ、以前どこかで体験した感覚。
そうです、高校3年生のときに行った福島での免許合宿。笑
学科の講師がコテコテの福島弁訛りで、なにひとつ教習が理解できなかったのでした。そりゃもうインド英語よりも酷かった。笑

軽いランチを終え、しばしの休憩で自分の部屋へ戻る。
当然の如く、我が家では多くの虫達がくつろいでいる。
最初はいちいち文句を言っていたトカゲにも、「ただいま」という始末。
どれだけ受け入れがたいと思った環境も衛生も、数日すれば慣れてしまう、人間の適応能力。「足るを知る」というか諦念。
ベッドに蚊帳もあり、日中は虫よけスプレー全身にふりかけ、寝るときは蚊取り線香を忘れず焚くのに、気づいたら全身100箇所くらい刺されてる。笑
瞑想のときも当初、ハエや蚊が体に止まる度に振り払っていたけれど、あるときからはもう気にならなくなる。受け容れる。
虫なんて簡単に友達になれますよ。まして10日間誰とも口にしちゃいけない状況の中では。人は独りじゃ生きれないんです。
きっと、独りっきりで山篭りしている人だって、ぼくと同じように虫や鳥とお友達になることに疑いの余地ありません。

タバコの禁断症状のピークもこの頃だった気がします。
2〜3日めにかけては、吸いたすぎて塀を乗り越えて買いに行こうかとも思いました。笑
結局、禁煙のためには矯正装置ならぬ矯正環境が必要なのかもしれません。
そこに自分の身を置くしかない。

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2012年12月2日日曜日

無知のヴェールと禁煙について


近代政治哲学の巨匠ジョン・ロールズ。
当時、停滞していた正義論の領域でパラダイム・シフトを起こした1971年発表の『正義論』。

そこで呈示された「無知のヴェール(veil of ignorance)」という思考実験。

彼は社会契約説を範にとって正義の原理を導出していく。まず正義の根拠を、自由かつ合理的な人々が、彼が「原初状態」と名付けた状態におかれる際に合意するであろう諸原理に求めた。この原初状態とは、集団の中の構成員が彼の言う「無知のヴェール」に覆われた-すなわち自分と他者の能力や立場に関する知識は全く持っていない-状態である。このような状態で人は、他者に対する嫉妬や優越感を持つことなく合理的に選択するであろうと推測され、また誰しも同じ判断を下すことが期待される。そして人は、最悪の状態に陥ることを最大限回避しようとするはずであり、その結果次の二つの正義に関する原理が導き出されるとした。(Wikiより)

<第一原理> 
各人は基本的自由に対する平等の権利をもつべきである。その基本的自由は、他の人々の同様な自由と両立しうる限りにおいて、最大限広範囲にわたる自由でなければならない。
<第二原理>
社会的・経済的不平等は次の二条件を満たすものでなければならない。
①それらの不平等がもっとも不遇な立場にある人の利益を最大にすること。(格差原理)
公正な機会の均等という条件のもとで、すべての人に開かれている職務や地位に付随するものでしかないこと。(機会均等原理)

これはあくまで思考実験です。
つまり「無知のヴェール」を被っている状態をイメージすれば、現行蔓延っている種々の不正義は看過されるべきものではないし、奴隷も存在しえない。



ちょっと違う話にはなってしまうんですが、なんとなく「禁煙」のことを思いました。

ここ何ヶ月か禁煙をしようとあがいていて、色々思考の転換とかを試みていたんです。

そもそも、ランニングするときやサウナにいるとき。
最後、死力を尽くしたのスパートやサウナのあと1分等。自分の中でよく使う思考ハックとして、「あともう少し頑張れなければ、愛する人が死ぬ」や「無一文になる」とか
自分に仮想現実を植えつけて、最後の最後の努力の一絞りを引き出そうとします。
わりと上手くいきます。

ただ、タバコに関していうと、これでは通用しなかった。
精神では分かっていても、肉体の方は完全にニコチン、タールに侵食されていて、依存しているから。仮想の現実は仮想の現実の域をでなくて、簡単に現実を歪曲することはできない。

そういった「思考ハック」も「無知のヴェール」も頭で分かっても、実際に行動まで落とし込むことは難しい。
それはあくまでも思考の実験であって、現実の実験とは乖離してしまっているから。
「歴史のif」や「たられば」と次元は違えど、同じレベルであって、現実は現実でしかない。

ぐるぐるぐるぐる、そんなことを考えたりしてたわけです。

2012年9月29日土曜日

マルメラ




マルメンライトを吸うことになってから久しい。
この前、フィリップ・モリスに勤める先輩と食事したとき、マルメンライトが一番の売れ筋だと話してた。次点としてはゴールドとからしい。


なぜかぼくの周りではアメリカン・スピリット吸ってる人多いですけどね。
アメスピはいかせん減りが異常に遅い。なっかなか減らないし、煙も強く吸い込まないとなかなか供給されない。


セッターは海外の友達の受けがいいです。お土産にすると喜ばれます。


あ、そういえば先日マイセンの名称がメビウスに変わりましたね。
かなりディスられてましたが...。



今までいろんな種類のタバコを吸ったけど、やっぱりダントツで一番好きなのはアメリカで売ってるキャメル・メンソール。
日本では震災をきっかけに販売中止になったキャメルですが、もともと日本とアメリカでは味が違ったので別に悲しくはないです。
今現状としては、友達がアメリカに行く事があれば、ついでに買ってきてもらうって感じです。


キャメルが手元にないときは、代替としてマルメンを吸ってたのですが、今はライトまで落としてます。ウルトラライトだと軽すぎるんですが、マルメンライトはかなり絶妙な加減だと思います。




アイスブラストってたまーに吸いたくなるんですよね。


タバコと相性の良い飲み物って数々あるんですが(お酒とかは言うに及ばず)、ぼくはエナジードリンクの類が最も好きです。
レッドブル、モンスターは鉄板ですね。それを朝一にやった日には頑張れます。


とりあえずぼくには『禁煙セラピー』効果ありませんでしたね。笑

お酒の席であったり、クラブに行ったりなど、その時の状況が与える「吸えよ、吸っちゃえよ圧力」はすごいものがある。
あとどうして禁煙に励んでいる時ほど、映画で美味しくタバコを吸うシーンが出てくるんだろう(たとえば『ドラゴン・タトゥー』のダニエル・クレイグ)、街でも美味しそうにタバコを吸うおじさんたちが目につきます。
まあ一種のカラーバス効果みたいなもんで、心がそっちにすがりついてるからなんだとは思うんですが。

なんだかとりとめのないタバコにまつわる話になってしまいました。





2012年2月14日火曜日

僧のような春休み

Semi-Charmed Life/ Third Eye Blind


はやいもので春休みももう一ヶ月ちかく過ぎました。
大学生活の長期休みほど時間を無制限にもらえることも人生のうちにないと思います。
これを有効活用しない手はないですよね。

休みごとに何かしらの指針を考えて行動するようにしています。
いつもなら海外に行くのですが、今回は就活の日程が不透明なため、国内から離れられない状況となっています。
どうやら海外に行くことはできなさそうです。

朝は早起きして院試の勉強。
昼はジムに行ってハードにワークアウト、ランニングは10kmを目安に。
夜はアルバイト。
帰宅して、読書、ストレッチをして、なるはやの就寝。
土日は一日中バイトです。今月はしこたま稼げた気がします。
と、かなりオートメーションな休みを過ごしています。
(筋トレ>就活)になってる感は否めないですが。笑

健康にもかなり気を使っています。
朝は納豆、バナナなど軽めにしつつ、基礎代謝を高めるものを摂るようにしています。
栄養の足りない部分はマルチビタミンをはじめとしたサプリメントで補っています。
僕が栄養面で一番大切だと思っているのはタンパク質です。脂質を摂り過ぎず効率的にタンパク質を摂るには鶏肉が一番良いと思います。特に胸肉、ささみ。牛肉なら赤身。
炭水化物はなるべく避けた方がいいですが、摂るなら断然コメがいいです。
今月中に体脂肪率は8%くらいには下げたい。
タバコはやめました。
前からやめようと思えばやめられると思っていましたが、やはりなんとなくすんなりやめることができました。
一応、『禁煙セラピー』は読みましたが。





ちょっと前に英語で書いたエントリー「Gamificational Lifestyle」にも同様なことを書きましたが、自分で自分に足枷を付けていって(一気にではなく、徐々に)生活をより引き締まったものにしていく。
日を追うごとにそれが当たり前になっていくんですよね。
逆にそれをやらないと気持ち悪いみたいな。歯磨きや入浴と一緒で。
何事も習慣化が全てなんですよね。
大学生ブログ選手権