Each day is a little life: every waking and rising a little birth, every fresh morning a little youth, every going to rest and sleep a little death. - Arthur Schopenhauer
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2013年7月23日火曜日

読書『ニートの歩き方―お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法』pha著

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

ニート界のカリスマ?phaさん(@pha)[ブログ:「phaの日記」]の『ニートの歩き方』をざっくり読みました。
たまには専門書ではなく、こういったゆるーい本も紹介。
じっさいこのブログで紹介しているのは、ごくわずかで、ぼく個人としてかなり幅広いジャンルの本を乱読しています。
「雑読」というからには、そんな色んなジャンルを適宜紹介できればと思います。

phaさんは京大の総合人間科学部卒。ヒャダインさん(@HyadainMaeyamadと一緒ですね。
僕もphaさんが作ったとは知らなかったのですが、一時話題になった「村上春樹風に語るスレジェネレーター」はphaさんの作品だそうです。


phaさんは「ギークハウス」という最近ではわりと有名になってきたシェアハウスの発起人で、ソーシャルで有名な方々の界隈をフォローしている人は、一度くらいphaさんのことは耳にしたことがあると思うのですが、(以前書いた「メディア化する個人」で何人か取り上げてます)
ない人のためにちきりんさんと対談なさっている「このボクが、“日本一のニート”を目指すことができたワケ」という記事などがニートになるまでの経緯が分かるかと思います。

phaさんはネットを基軸に生活を送っているわけで、そんなネットには大きく3つの利点があると。
一つ目は「人とのつながり」。
これは特にツイッターとかフェイスブックとかソーシャルメディアが日常化、というか人口に膾炙していく中で、人と人とがつながるための手段が出てきた。場所を越えた。


つまり、ニートであろうが、引きこもりであろうが、人とは常につながっている実感があるから、孤絶感は特に感じない。
ソーシャルのつながりはリアルのつながりへと簡単に転化する。

二つ目はネットは遊びの宝庫で、暇することがほとんどない。

三つ目に生存するための最低限のお金を稼ぐことができる。アフィがその筆頭ですね。
このブログでもささやかながら、アフィリエイトでお金を生み出しています。(本当に雀の涙程度ですが)

とにもかくにも、なぜ定職に就かずに、ニートとして「自由に」生きていくことを選んだのか。その思想背景を説明するために、ネットで前に拡散されていたあるメキシコの漁師の話を冒頭で引用されていました。

アメリカ人の投資家がメキシコの小さな漁村の埠頭についたとき、小さなボートに一人の漁師が乗っていた。ボートの中には数匹のキハダマグロが釣られていた。そのアメリカ人はメキシコ人に魚の品質を褒めて、釣り上げるのにどれくらい時間がかかったのか尋ねた。メキシコ人は答えた。「ほんの少しの間さ」「何故、もう少し続けてもっと魚を釣らないのかい?」「これだけあれば、家族が食べるのには十分だ。」「でも、君は残った時間に何をするんだい?」メキシコの漁師は答えた。「朝はゆっくり目を覚まし、少し釣りをして、子供たちと遊び、妻のマリアと昼寝し、夕方には村を散策し、ワインを味わい、アミーゴ(仲間)とギターを弾くのさ。それで人生は一杯さ。」アメリカ人は小馬鹿にし、「私はハーバード大のMBAを取得しててね、きっと君を助けることが出来ると思うよ。」「君は、もっと釣りに時間を割いて、その収益で大きなボートを買うんだ。大きなボートでまた釣りをして、その収益で今度はボートを何台も買うんだ。次第に、君は漁船の一団を率いるようになるだろう。そして釣った魚を仲介者に売る代わりに、製造業者に直接売るんだ。次第に、君は自分の缶詰工場を始めるようになるだろう。君は生産・配給量をコントロールするようになる。この沿岸の小さな漁村を離れてメキシコシティに移る必要が出てくる。それからロスアンゼルスへ引っ越し、次第にニューヨークへ移り、君はこれまで拡大してきた君の企業を運営するんだ。」メキシコの漁師は尋ねた。「でも、一体どれくらい時間がかかるんだ?」それに対して、アメリカ人は答えた。「15年から20年だろうな。」「で、それからどうなるんだ?」メキシコ人は尋ねた。アメリカ人は笑って「時に合えば、君は株式公開をし、君の会社の株を売って、大金持ちになるのさ、億万長者にね。」「億万長者?…で、それからどうなる?」アメリカ人は言った。「それから君は引退して、小さな沿岸の漁村に引っ越し、朝はゆっくり目覚め、少しだけ釣りをして、子供たちと遊び、妻と昼寝し、夕方には村を散策し、ワインを味わい、アミーゴとギターを弾くのさ………」(引用元
 
当たり前は当たり前じゃない。常識は社会が徐々に構築していく。
「規律権力」に憤然と立ち向かっていくフーコーはそのシステムの虚構性を系譜学的にアカデミズムにおいて暴き出すことに生涯を捧げたわけですが、phaさんはもっとゆるくでも自分の生得的な直観に従って、実践しているような。
なんだか坂口恭平さんと考えは近いような。アプローチはぜんぜん違いますが。
坂口さんの『独立国家のつくりかた』を読んだ時にこんなツイートをしていました。
去年の8月でしたか。衝撃的ではあったんですが、やはりどことなく中島らもの香りのようなものをその文体に感じずにはいられなかったというか。 
ハイな状態で書かれた文章ってやっぱり分かるんですね。なんだかクリエイティビティがほとばしっているというか。(アメリカに居た時、こんな文章残してました「クリエイティビティとマリファナ」)

phaさんも、中島らもを愛読しているようで、ギークハウスと比較したうえでらもの「ヘルハウス(地獄の家)」について触れていました。(参照:『バンド・オブ・ザ・ナイト』)
少なからず、みんな体制とか「当たり前とされていること」に対する疑問や違和は抱いていると思うんです。ようは程度の差であって。


マーク・ボイル

phaさんのさらに極限刑がウェブをも捨てた『ぼくはお金を使わずに生きることにした』のマーク・ボイルですよね。
彼のように自然に帰る人。ネットに居場所を見つける人。
選択肢は一つじゃない。この事は僕自身もずっと考え続けてきたことで、前に「就職、進学、そして生きていく事」で考えをまとめて書きました。

気になるのは、どうやってその分岐が生まれるのか。
大部分の人は疑念は抱きながらも、それが唯一のベストプラクティスであると自分自身に思い込ませる形で、大勢順応していく。
だけど、phaさんやボイルのように道を切り拓こうとする人もいる。
月並みな言い方をするならば、やはり出会いや環境によるのかなと。(Cf. 「ぼくらの興味は絶えずつくりだされていく」)
phaさん自身が紹介していた中では「セブ島で大喜利をするニートの話」など、少なからず、体制から飛び出して、自分で生きていこうとユニークな試みをしている人はいるそうです。



ニートを自称するだけあって、組織に縛られていないからなのか、かなりの読書量が文体から伝わってきました。そして実際、本書では数多くの本や漫画が紹介されています。
その中で、かなり説得力があったのは長谷川英祐さんの『働かないアリには意義がある』の議論。
真社会性生物として知られる蟻ですが、個体間には労働に対する反応閾値の違いがあるらしく、まあ簡単にいえば8割は働きものなんだけど、残りの2割は怠惰である。
これを敷衍して「個と全体の生物学」としてもう少し巨視的に観察すると、全体で一つの超個体(=社会)が成り立っている。これは単純な類似というよりも、かなり精確なアナロジーとして人間にも当てはまるのではないか、というのがphaさんの考え。
で、ぼくも(これもアメリカにいたときに書いたものなのですが)以前「Society and Diversity」と何故か英題のブログで書きました。
「天才もクズも社会の一部」だと、その通りだと思います。



ぼくも大好きだったアリケンというテレ東の番組で「しゃべり場」というパロディチックなコーナーがあって、上の回の題は「テレビには駄目人間を出すな」という有吉の提起が議論されるんですが、その中で
くりーむしちゅーの有田が昨今の(最近はヘキサゴンの時ほどは酷くないと思いますが)おバカタレントブームには視聴者はそれをみて、「自分より劣っている人がいる」という優越感を感じさせるための構造があるから、それが数字に繋がっているんだということを言っています。

これは再び敷衍するなら、なぜ日本の自殺者は約3万人で推移し続けているのかのヒントになるかもしれない。いきなり10万人になったりしない、ということをphaさんは言っていました。

ホリエモン

そして、環境で人は常に変わり得るということは、たとえば自分が今、総合職の商社マンでエリート街道を突っ走っているという確信のもと、ニートの人たちを社会の害悪として卑下したとしても、常に自分が彼で、彼が自分だったかもしれない蓋然性は免れない。
社会や自分という存在は大いなる"偶有性"の所産でしかないのだから。
ホリエモンがたしか『金持ちになる方法はあるけれど、金持ちになって君はどうするの?』でだったのだと思うのですが、刑務所での経験で驚いたことの一つとして、収監されている人が凶悪な人だという大方の予想に反して、案外みんな塀の外にいる人と変わりのない"普通の"人であったということを言ってました。
なにより人は最初、ニートであった、とphaさんは後半で言います。
ベンジャミン・バトン』ではそれを逆方向から描いているように、赤ん坊は一人で生きていけないのと同様に、高齢になると独りで生きていくのが困難になっていく。

もしみんなニートだったら、そんな社会は成り立たないですが、
なんの脈絡もなく安藤昌益は『自然真営道』で語った思想が頭をよぎったんですね。
貪りとる者もなければ,貪られる者もなく,自然も社会も一体となり,自然の営みの中で社会全体で耕し,それ以外に何一つ人為的な行いはない。これが自然の世の有様である。
みんな農業すれば、ハッピー。妬みも恨みもないただ、その日を家族や友人と過ごす。 
アイスランドにいたときに感じたこと。(Cf. 「アイスランドの少年と幸せ」)
そもそもこういった考え方自体がマルクス主義の労働=疎外論と共振性があるのですが。
たとえば有名な一節がありますね。
朝には狩をし、午後には魚をとり、夕には家畜を飼い、食後には批判をすることができるようになり、しかも猟師や漁夫や牧人または批判家になることはない。(『ドイツ・イデオロギー』)


家入さんとイケダさん

家入さんのリバ邸(Cf. 『お金が教えてくれること』)とか、イケダハヤトさんがプロブロガーと自称することや(僕自身は未読ですが『年収150万円で僕らは自由に生きていく』という本でその背景が書いてあるのだと思います)、安藤美冬さんが『冒険に出よう』で提唱するようなノマドワーキングなど、中島義道さんの『働くことがイヤな人のための本』などを思わず手にとってしまう人にとっては、実践的なヒントになるであろう、アクチュアルな生き方が多様化してきているのは間違いないかと。

2012年10月30日火曜日

メディア化する個人


個人としてコンテンツ力があること。加えてメディア的なオープンで開かれたマインドを持ってること。面白いだけではなくて、そこから繋がっていく意識を据えていること。
上記を秘めてソーシャルメディア上で活躍する人ってもう今じゃ枚挙に暇がないですよね。

たとえばLiverty代表の家入さん。「オレポン」なんかは個人がメディア化をしている、てゆうかできる時代になったことを象徴するかのような卓越したアイディア。
家入さんと共にLivertyをやってらっしゃる高木新平さんも、自分自身を実験道具にしながら生きていらっしゃる。「博報堂辞めました。」で一度、とてつもなくバズっていました。「よるヒルズ」は実際シェアハウスがここまで流行った火付けになったんじゃないかなあ。

Don't be lame」のアルファブロガー西村さんも、ツイッターでかなり以前からフォローしていましたが、常にブログ・ツイッターで発信し続け、トライバルメディアハウスからツイッター社へと転職なさったそうです。メディア化する個人のサクセスストーリー。
【参考記事】「カヤック、バスキュール、トライバルメディアハウス

イケダハヤトさんも同様にアルファブロガーとして有名ですよね。炎上しているときに見かけるの多い気がしますが。。


メディア化すること、「フリーランス」というのはかなりの部分で重複するコンセプトだと思います。その最たる例として、情熱大陸でも取り上げられていた安藤美冬さん。
この記事が面白かったです。「情熱大陸の安藤美冬さんのノマドワーク特集の反応がtwitterとfacebookであまりにも違いすぎて興味深い。
最近では普通にテレビでみかけることもありますね。やはりニーズあるような。
ちょっと、というかぜんぜん違うとは思いますがネオヒルズ族として一部で話題沸騰のFree Agent Style代表取締役社長の与沢翼さん。密かに動向を注視しています。


「ネット論壇マトリクス」なるもの

フリーランスと同義語とまではいかないものの、「ノマド」も同様に時代のキーワードになりつつあって、ネットでは市民権をすでに確立している印象。
それでいうと大石哲之さん。そのブログ「ノマド日記
日本一のニートを目指していらっしゃるphaさん。そのブログ「phaのニート日記


ちきりんさんももうネット論壇では著名人ですし。『自分のアタマで考えよう』は僕の読みました。佐々木俊尚さんが『ブログ論壇の誕生』で描いていたものが今では当たり前に現実となっています。
【参考】「ぼくらは言葉を食べて生きている

mochromエヒタさんも個人で道を切り拓こうとしている人のひとり。いつもTLでそのツイートを見かける度にほころんで、あったかくなって、ときに揺さぶられます。
最近はもっぱらツイッターのアイコンを書いていらっしゃいます。
エヒタさんのブログも毎回たのしみにしています。オススメのエントリーは「大人ってくそ楽しい

こうやって個人名を挙げていくとキリがないくらい。
ただみんな共通しているのは、まずは個人として魅力というか武器になるような専門領域を持っていて、それをツイッターをはじめSNSで発信していくこと。
何か突出したものを持っていてもそれを装置に乗っけて拡散しない限り(メディア化)、しない限り、何も動き出さないですよね。

2012年4月28日土曜日

読書『25歳からのひとりコングロマリットという働き方』本田直之、おちまさと著


本田直之さん・おちまさとさん共著『25歳からのひとりコングロマリットという働き方』を読みました。

ノマド的生き方の具体的指南書。
ライフスタイルにおける要素を5つに分解して、著者たち自身の生き方と照らし合わせながら提案している形。
  • 仕事
  • プライベート
  • 自己管理
  • 人脈
  • 資産管理
特に注力して書かれていたのが「仕事」の項。
仕事はお金、社会貢献、自己実現、時間の使い方、出逢う人などと深く関わっているからです。

[気になった箇所の備忘録]


会社に勤めながらいくつかの仕事を持っていたとしても、ひとりコングロマリットの場合、それらは「本業と副業」ではなく、全部まとめて「複業」なのです。
老子「生きることの達人は、仕事と遊び、労働と余暇、心と体、教育と娯楽、愛と宗教の区別をつけない。何をやるにしろ、その道で卓越していることを目指す。仕事か遊びかは周りが決めてくれる。当人にとっては、つねに仕事であり遊びでもあるのだ」
「進化のある現状維持」
要するに行動の指針に「幅を持たせること」を説いているのではないでしょうか。
それは単なるリスクヘッジなのではなく、シナジー(相乗効果)を生み出すような関係性を持った生き方。

今著は個々の生き方、ライフスタイルに焦点があたっていますが、個々の思考力の指南書としてはちきりんさんの『自分のアタマで考えよう』を薦めます。



大学生ブログ選手権

2012年1月2日月曜日

ぼくらは言葉を食べて生きている

たしかなこと/ 小田和正


「人間とはつくづく言葉を食べて生きている動物なんだな」
坂本龍一先生が東日本大震災の後、インタビューの中でこう答えていました。
独りでは不安で、誰かの語りかける声に耳を寄せて、共感を覚えて、新しいことを知って、少しずつ年を取っていく。

ここ最近、読んだ本をいくつか紹介します。

①『石ころをダイヤに変える「キュレーション」の力』by 勝見明

ここのところ「個人のメディア化」が顕著になってきて、メディア構造の変化にずっと着目していました。夏ごろだったかに佐々木俊尚さんの『キュレーションの時代』を読んでから、キュレーションの有意義性と新時代の情報流通形態への中核になるのではないかと思ってました。この本の中でも数々の事例と共に、知のエコシステムの中でキュレーションを通して新たな価値が生まれる様が描かれています。
【キュレーションのプロセス】
(1)既存の意味の問い直し(再定義のプロセス)
(2)要素の選択・絞り込み・結びつけ(新しい編集のプロセス)
(3)新しい意味・文脈・価値の生成(創発のプロセス)


②『自分のアタマで考えよう』by ちきりん、良知高行


アルファブロガーとして有名なちきりんさん(@InsideCHIKIRIN)の著作。
知識に頼らず、あくまで自分の頭だけで事象を分析し、考えだすためのメソッドを紹介。
「知識をそのままの形で頭の中に保存するのではなく、必ず「思考の棚」をつくり、その中に格納するということです。単純に「知識を保存する」=「記憶する」のではなく、知識を洞察につなげることのできるしくみとして「思考の棚」をつくる- これこそが「考える」ということなのです」
頭の中にこうした「思考の棚」を数多く持っていれば持っているほど、急な事態にも自分自身の考えを持ってして臨めると。

③『あの企業の入社試験に、あのひとが答えたなら。』


社員さんに勧められたので読みました。むしろその方が制作に関わったとのことだったので、興味津々に。
TBSや集英社、博報堂などメディア・エンターテイメント業界の実際の入社試験に有名人の人たちが挑戦、その解答を探ってみようという趣旨。宇宙飛行士の野口聡一さんや、百歩報道の箭内道彦さん、他にも数々の有名な方々が答案しています。

④『使ってもらえる広告 「見てもらえない時代」の効くコミュニケーション』by 須田和博


インターンの時もお世話になった須田さんの書いた本。
「モノが売れない時代なんだから、"モノを動かす仕組み(サービス)”そのものを広告的な発想で開発すればいいんじゃない」
ハッとしますよね。広告の窮乏ばかりが喧伝されてますが、須田さんのような視点を会社として共有して、みんながその姿勢で向かっていけば、現代こそ広告会社の存在意義があるのではないかと。カオスの中で、一筋の光を差し出せるような存在としての広告代理店へ。

⑤『藤田晋の成長論』 by 藤田晋


藤田社長が青学の先輩ということで、普通の人以上に動向や発言が気になってしまいます。
本書自体はビジネス書の王道と言った内容。

・「憂鬱な仕事」が大きな成長を促す
・常に「広報部員」の視点で考える
・「整理」より、「捨てて、絞る」
・ネガティブに考え、ポジティブに生む
・"誘いの言葉"を社交辞令で使わない
・頼まれた仕事は「上司の仕事」と捉える
・大きな仕事には、社内人脈が不可欠
・会社を辞める時、「人間力」が問われる



など、50の項目にわけて、一つ2ページずつ解説されています。


⑥『博報堂スタイル』by 高橋宣行


広告屋一筋だけあったという高橋さんの語り口はとても優しくてソフトで人柄がにじみ出ています。
最高の広告人とは、もっとも謙虚な人だ。
謙虚に「もっと、もっと」と考えられる人は、永遠に発展途上人だ」 
「博報堂には、商品も工場もない。あるのは情報と知恵と技術。」
タイトルにも書かれているように、博報堂のカラーがありありと伝わってきます。

⑦『イソップ寓話の世界』by 中務哲郎


イソップ寓話それ自体を深く読んでみたかったのですが、今著はイソップ寓話の起源、成り立ち、はたまたイソップという人物像に迫った本。
実に興味深かったです、筆者の中務さんの博覧強記ぶり、中務さんが所蔵するであろう浩瀚な蔵書がうかがい知れました。寓話作家としてのイソップ誕生秘話(諸説あるでしょうが)が面白かったので、紹介。
人々が才能の分前をヘルメス神に祈った時のこと、イソップの捧げ物は極めて貧しく、ヘルメスは豊かな捧げ物をした者から順に哲学、弁論術、天文学、音楽、叙事詩、イアンボス詩、等の能力を授けて行ったが、疲れてイソップのことは忘れてしまった。そこでヘルメスは、生まれて初めて揺籃の中で使った寓話の術がまだ残っていたのを幸い、それをイソップに与えた、と。(ピロストラトス『テュアナのアポロニオス伝』)
⑧『カント入門』by 石川文康


入門書ですが、ある程度の哲学の基礎知識がないと難しく感じると思います。
カントが世に遺した言葉はどれも示唆的ですが、僕がとりわけ好きなのは定言命法の根本方式です。
「汝の意志の格律がつねに同時に普遍的立法の原理となるように行為せよ」
⑨『100万馬券の履歴書』


こうゆう本は根っから信じていませんが、話としてはどれも面白いです。
当日の1~5Rに出た枠番によって、強い枠筋を読む。そして、もっとも多く出現していた枠筋(強い枠筋)を、6R以降に狙っていく。
「1、4、7枠」、「2、5、8枠」、「3、6枠」という3パターンがあり、年間全レースの60%強が、このいずれかに該当する。
など、それっぽいことがふんだんに書いてあります。競馬は基本的にたーくさんある要素のどれを切り取るかで予想の方法が個人個人で変わってくる。それが醍醐味でもあるのですが。

⑩『車輪の下』by ヘルマン・ヘッセ


僕は根っからの文学少年なので、本当は一日中こういった本を読みながら過ごしていたいのですが、こうやって見返してみるとなんだか「広告」の本とか読んじゃってますね。笑
ドイツ文学不朽の名作とされている今作。
神童としてエリート街道を突き進んでいくハンスでしたが、彼も「内面のあらし」を抑えきれずに堕落していきます。急降下の彼の半生が、美しいドイツの片田舎の描写と共に筆者の憧憬として描かれます。心に止まったセリフ
「生は死よりも強く、信仰は疑いより強いから」
なんだか収拾もつかなくなってきたので、このへんにしておきます。
それで次からは5冊ずつくらいの紹介にしますかね。
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