Each day is a little life: every waking and rising a little birth, every fresh morning a little youth, every going to rest and sleep a little death. - Arthur Schopenhauer

2011年11月3日木曜日

読書『スティーブ・ジョブズ I 』ウォルター・アイザックソン著

Imagine/ John Lennon


Amazonで予約注文していたスティーブ・ジョブズの伝記「iSteve」の上巻を読み終えました。
インタビューを毛嫌いしていたジョブズが自らウォルター・アイザックソン氏に依頼して生まれた評伝です。
ジョブズは自分の命が長くないことに気づいていました。
「宇宙に衝撃を与える」プロダクトをつくることに邁進していた彼にも、人生にひとつだけ心残りがありました。
家族と時間を多く過ごせなかったこと、子供たちに父親らしいことをしてやれなかったこと。
だから、ジョブズはせめても父親が一生を捧げて取り組んできたことを子供たちに知って欲しかった。
そうして伝記のプロジェクトがはじまったのです。


アイザックソン氏は計60回以上、ジョブズにインタビューを行ったそうです。
また伝記に登場するジョブズの一生に影響を与えた人物たちにも裏付けのため妥協なくインタビューをしています。
伝記は生の声がふんだんに盛り込まれています。

ジョブズの生誕から時間軸を上りながら伝記は進んでいきます。
読者もジョブズの波乱万丈な人生の、グラグラ揺れる船に乗船したかのような錯覚に陥ります。
特にジョブズの学生時代は数々のイタズラに彩られているといっても過言ではないでしょう。
普通の子どもなら思いつきもしないような奇想天外な発想、それを実行できるだけの子ども離れした自然科学の知識、物怖じしない性格。
そのクリエイティビティに満ちた行いに憤慨する人もいれば、惹きつけれられる人もいたのです。
これはジョブズの終生を通じて、変わらないことです。


冒頭で筆者は、ジョブズが6つの業界に革命を起こしたことを指摘します。
すなわち、パーソナルコンピュータ、アニメーション映画、音楽、電話、タブレットコンピュータ、デジタルパブリッシングです。これに小売店を加えて7つとする見方もあります。
アップルでの業績に目が行きがちですが、ピクサーで携わったアニメーション、ひいては映画業界全体の変革にも大きな寄与したことは賞賛に値する功績です。


ジョブズは養子に出され、養父・養母に育てられ成長していきます。
これはスタンフォード大学の卒業式での有名なスピーチでも語られています。



血の繋がった両親に捨てられたことはジョブズに暗い影を落とした、と同時に生きていく上での強い原動力を与えました。
幼少期のそういった衝撃的な事実がかの有名な「現実歪曲フィールド」を生み出した背景にあるのかもしれません。
ジョブズは「当たり前」を当たり前として認めません、「常識」を常識として受け取りません、「現実」を現実として捉えません。
社員がジョブズに突きつけられた短すぎる製作期間に反抗しても、ジョブズは「できる」としか言わなかったそうです。
ある人はこう言っています。
「彼の周囲では現実が柔軟性を持つんだ。誰が相手でも、どんなことでも、彼は納得させてしまう。本人がいなくなるとその効果も消えるけど、でも、そんなわけで現実的なスケジュールなんて夢なのさ」
「現実歪曲フィールド」が数々の常識や固定概念を突き破っていきます。マッキントッシュは生まれ、アイポッドは生まれ、アイフォンは生まれ、アイパッドも生まれました。


しかし、当然ジョブズも全知全能の神ではありません、ひとりの子です。
彼ひとりで彼の業績の全てが成し遂げられるはずもありません。
アップルもスティーブ・ウォズニアックとの出会い、ケミストリーがなれけば陽の目をみることもなかったでしょう。
そして私たちのライフスタイルも今とはずいぶん形を異にするものとなっていたと思います。このことについては以前のエントリー「イノベーションの香り」でも少し触れました。


ジョブズが上昇志向であったのに対し、ウォズは消極的な性格でした。
ただ、彼はずば抜けた天才、最優秀の部類のエンジニアでした。
そんなウォズの技術にジョブズは圧倒されたと同時に惚れ込んだのでした。
二人は意気投合し、タッグを組みます。
デザインにも口うるさく口をはさみますが、基本的にウォズがマシーンを設計し、ジョブズが総合的なマーケティングを担当するという役割分担に基づいてアップルは進化を続けました。


多くの才能溢れる人々との出会いがジョブズに計り知れない影響を与えたことは疑いの余地のない事実ですが、なかでも「禅」との邂逅は彼に、またアップルのプロダクトの基幹となるインスピレーションを与えました。
彼がよく口にする「洗練も突き詰めれば簡素」になる、というのも禅の精神に通じる教えです。
「仏教、とくに日本の禅宗はすばらしく美的だと僕は思う。なかでも、京都にあるたくさんの庭園がすばらしい。その文化がかもし出すものに深く心を動かされる。これは禅宗から来るものだ」
何度か日本に来日したこともあります。厳格なベジタリアンとして有名な彼ですが、日本で食べる寿司ネタの穴子は特に気に入ったようで、カウントしなかったようです。

 

「我々がデザインの主眼に据えていますのは"直感的に物事がわかるようにする"です」
これがアップルのすべてなのではないでしょうか。アイパッドにしろ、アイフォンにしろ、アイパッドにしろ一目みれば、彼が何を言わんとしていたのか納得できると思います。
彼の最高のプロダクトを作る探究心は時に行き過ぎだと批判されるほと熱を帯びたものでした。多くの衝突を生み、多くの人傷つけ、犠牲にしました。冷淡と徹底的に叩かれ多くの敵を生みました。
しかし、そのような飽くなきベターを追い求める精神がなければ今日のわたしたちの生活はありません。
見えないところまで「美」を追求したジョブズの姿勢を次の言葉に垣間見ることができます。
「できるかぎり美しくあってほしい。箱の中に入っていても、だ。優れた家具職人は、誰も見ないからとキャビネットの背面を粗悪な板で作ったりしない」 
肩身の狭い、常識が凝り固まった狭い窮屈な世界に生きているわたしたちの心を揺さぶる多くの言葉が収められています。
「僕という人間は、僕がすることを映すものなんだ」 
 

「旅こそが報い」 
「海軍に入るより海賊になろう」 
散りばめられた言霊はわたしたちに問いかけ続けます。
そしていつも最後にはこの一言に行き着くのです。
「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」
ジョブズのプロダクトや経営に対する哲学はただ理想的であったばかりでなく、たしかな己のビジョンに基づいたものでした。
最良の製品とは「すべてがウィジェット」となっているもの、つまり、ハードウェアに合わせてソフトウェアを作り、ソフトウェアに合わせてハードウェアを作るという形ですべてができているものだ。
「ジョブズとアップルはハードウェアとソフトウェアとコンテンツを、シームレスなパッケージにしっかりと統合するタイプのデジタル戦略を代表する存在となった」とアイザックソン氏は評価しています。
上巻の最後の言葉をこのように締めくくっています。
ジョブズはすばらしい製品を作る人物としても有名だが、じつは、価値あるブランドを持つ素晴らしい会社をつくる能力も同じくらい優れている。なにせ、アップルとピクサーという、時代を代表する会社をふたつも作ったのだから。
 

読み進めていくのが名残惜しい、そんな伝記です。
ハツラツとした翻訳、明瞭でいて理路整然としている。妥協の余地がない。
訳者の井口耕二は実務本格家では日本トップだと思います。
今日か明日には届くと思われる下巻が待ち遠しいです。
ジョブズが去ったアップルですが、ぼくはずっと見守っていこうと思っています。
彼の魂はきっと宿っているはずです。ジョブズも一度、アップルを解雇されたときにこう言っています。
「アップルとの関係は初恋のようなものだ。初恋の人を忘れられないように、僕はアップルのことを忘れないだろう」


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