Each day is a little life: every waking and rising a little birth, every fresh morning a little youth, every going to rest and sleep a little death. - Arthur Schopenhauer
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2013年2月21日木曜日

映画『マネーボール』ベネット・ミラー監督作 '11


アスレチックス奇跡の快進撃を描いた実話に基づく物語。
アスレチックスが自由に使える予算(budget)はヤンキースの約1/3。日本でいえば巨人と広島のようなもの。
「ヤンキースを真似ても勝てない」「金がモノを言う球界に一石を投じたいと」球団の改革に乗り出すGMのビリー・ビーン。
感情やバイアスにとらわれない統計データを客観的に用いた"セイバーメトリクス"でチーム編成を断行することを決意する。

そこで、まず彼はイェール大を経済学の学位で卒業したピーターをインディアンスから参謀として引き抜く。
ピーターもビリーと同様に現在の球界の在り方に疑問を抱いていた。
(ピーターを演じるのはジョナ・ヒル。『40歳の童貞男』に出てました)


彼もセイバーメトリクスの理論に沿い、理論・数式を用いて最適な数字をはじき出し、低予算で獲得可能な選手、放出すべき選手を選出していく。
(前年にジオンビー、デーモンなど有力選手を失っていた)
カジノのブラックジャックのでカウントができれば、勝率がグンとあがるように数字・統計がモノをいうというのです。


(統計といえば、Gunosyチームが参考になる記事をあげていました。ちなみにこの中に『マネーボール』が含まれています)

ロードマップは描けたものの、いざプランを敢行しようとすると様々な障壁にぶち当たる。
スカウト、監督をはじめ多くのチーム関係者から、プランをなじられ、嘲笑され、はねつけられる。

それでも彼は己の信念を貫き通し、次々と改革を断行していく。
(彼もスタンフォードの奨学金付進学を蹴って、ドラフト一位でメッツに入団したプロ選手だったが、芽は出ずにスカウト、そしてGMになったという経緯がある)
ドラ一でも結果がなかなか出ずに沈んでいく選手というのは枚挙に暇がない。
パッと思いつくだけでも西武の菊池雄星、巨人の辻内崇伸、楽天の一場靖弘などなど。


去年の大谷にしても、メジャーかプロか、はたまた進学か。その時の決断がその後の人生を大いに規定する。
大谷を口説き落とした交渉時の資料を球団が異例の公開をしていましたが、見る限り誠意と熱意が伝わってきます。これを見せられたらさすがにグラつきますね。

今作でもGM間の交渉裏がありありと描かれています。
野球好きなら1.5倍たのしめると思います。

開幕当初は監督との思惑のスレ違いもあり、望むようなラインナップで臨戦できずに負けを重ねてしまいます。
ところがシーズンも終盤に差し掛かると、チームは勝ち星を積み上げていき、ついには20連勝というア・リーグ記録を樹立します。
20連勝を決めた試合でも、肘を故障し球界から干されかけていたハッテンバーグという選手がホームランを放ち勝利をもぎとりました。
(この試合は大変にドラマティックな展開で11点差を追いつかれながらも、最後はサヨナラホームランで勝ち切るのです)

印象的だった言葉は
勝ちたい以上に、負けたくない
野球はプロセスとプロセスとプロセスから成る 

快進撃をみせたアスレチックスでしたが、ここぞというプレーオフでは勝ち切れませんでした。ここに「数字」の限界があると思うのです。
プレーオフといえば正念場で、選手の間のプレッシャーもいつもとは比にならない。
統計ではすくい取れない予測不可能性が生じるのです。

それにしてもブラピ良い体してますね。。
欲を言えば、この実話を確実に忠実に再現しようとすれば、あと一時間くらいは必要になってくるかと。


完全主観採点:★★★☆☆

2013年2月19日火曜日

映画『灼熱の魂』ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作


こりゃあ、すんごいものを観てしまいました。
ラストの衝撃でまっさきに思い出されるのは『SAW』から『SAW2』にかけてですが、今作のエンディングはそれに比肩、いやそれ以上かもしれません。

それまでほぼ淀みなく淡々と流れていたシーンから、「約束の手紙」が開封された瞬間から加速度が一気に上がります。

カナダ映画で本編もほぼすべてフランス語です。

中東における、ムスリムvsキリスト教の過激な潰し合い。
内戦で溢れかえる難民、繰り返される拷問。
その渦中、獄中でレイプされた"歌う女"から生まれた双子。

彼らはカナダで育ち、成人になり、母の遺言に従い、公証人の助力を得て母の故郷、中東のある国へ。(おそらくレバノンではないかと)

手掛かりから手掛かりへ。ようやく、一人の男、アブ・タレクに行き着きます。

わたしたちの常識では1+1=2です。脊髄反射的に、それ以外の答えの可能性を吟味することさえしないほど、自明の理なわけです。
それを根底から覆され、1+1=1の公理を真理として正面から叩きつけられたとき、閉口する以外に何もできない。
(内容の詳細はここでは控えます。ぜひ観てもらいたいので)

いったい全体、どうやったらこんなプロットが思いつくのか。
母の遺言の最終行にあった
「共にいることがなによりも大切」
という言葉が響き、涙もでず、ただ、ただ驚愕でした。 


完全主観採点:★★★★☆

2013年2月17日日曜日

映画『闇金ウシジマくん』山口雅俊監督作


原作の大ファンで、必ず新刊はチェックするし、ドラマもぜんぶ観ていたので、映画も当然チェック。
今作で描かれたのは原作の「キャル汚くん」と「出会いカフェくん」。うん、なかなかのチョイス。
ドラマをみずに映画だけをみると、片瀬那奈の登場とかで「オッ」とか思わないですが、それでも映画だけでも十分楽しめます。
全般的にキャストもいいんですが、やはり気になるのは大島優子の起用ですよね。
(ちなみにあまり大きな声では言えないですが、「朝田ばなな」と検索するとおもしろいです)
原作者の真鍋さんもバイアスを持っていたそうなのですが、演技を評価し、考えを改めたそうです。
ぼくの正直な感想としては「うーん」と首を傾げざるをえないものでした。
やはり題材が題材だけあって、あまり踏み込んだ演技もやりにくいですしね、国民的アイドルとなれば。

『ウシジマくん』はあらためて、社会の広さに気付かせてくれます。
自分がみている景色、存在する場所はごく限られた、切り取られた一部でしかないのだと。



完全主観採点:★★★☆☆

2013年2月15日金曜日

映画『桐島、部活やめるってよ』吉田大八監督作


賛否両論分かれているそうですが、なんとなく映画評論家の中では相対的に高評価だったそうです。
アックスオン配給ですね。

PRにも「全シーン全カットを見逃すな!全登場人物、全時間がラストに繋がる!」とあるように、バレーボール部、映画部、バドミントン部、吹奏楽部、帰宅部などそれぞれの部活に属す登場人物たちがそれぞれの生活圏のなかで高校生活を送りつつも、それらひとつひとつのコミュニティはやはり大きな公共圏の中にあるわけで、必然的に交じりあって行く。

バラバラに分散したはずの部活や登場人物。
その結節点(node)にいるのが今作最重要人物の「桐島」くん。
しかし、彼は全編通して一度もその姿をみせることはありません。
これがどうゆうことなのかは、ぜひご覧になってみてください。

既述したように、それぞれの部活で日々繰り返される日常が、それぞれ同時進行していき、ラストで一気に収斂する。

この映画を一言であえて要約するなら「高校生活のあれこれ」ということになるんでしょうか。
それぞれがそれぞれの世界に生きていて、たとえば「部活」という枠組みの中で己の限界を思い知らさせたり、上には上がいることを痛感させられたり。
神木隆之介演じる映画部部長の前田が
それでも俺達はこの世界で生きて行かなければならないのだから。
というのは、そんな想いが詰まっていると思います。 

最近、飛ぶ鳥を落とす勢いの橋本愛も(今年、既に映画出演3本決まっているそうです)、今作で飛躍したような。
さよならドビュッシー』も気になります。



完全主観採点:★★★☆☆

映画『それでもボクはやってない』周防正行監督作


Huluにて鑑賞。最近、めまぐるしく忙しい生活を送っていて、なかなか本を読んだり自由な時間を確保できずにいるのですが、唯一寝る前にHuluで一本映画を観るのが習慣となりつつあります。
たまたまですが、今作の前夜に観た『エリン・ブロコビッチ』という映画も訴訟関連でした。

以前から友達に勧められていた今作。

痴漢の冤罪と闘う主人公。
やってはいなくてもとりあえず認め、示談を成立させれば長い長い拘留や裁判から逃れられる。
ただ「それでもボクはやっていない(I just didn't do it)」という題からも推し量れるように、主人公は徹底して無罪を主張していくことになります。

そういえばファンモンのの歌詞に
満員電車のバンザイはギブアップじゃない冤罪対策。
ってありますね。

映画の冒頭で流れるこの言葉。
十人の真犯人を逃すとも、一人の無辜を罰するなかれ。
 ただ、今の司法制度でこのような理想的な理念は達成できません。これは確実に。

有名な警察の断定的かつ圧迫的な取り調べ。
起訴し有罪に追い込むことだけを主眼に問い詰める検察。
そして最後の頼みの綱である裁判官たちも有罪に引き寄せられていく。
無罪判決を出すのは、相当な勇気が入ります。

三権分立のようで、実はどの立場であっても推定無罪ならぬ「推定有罪」に引き込まれてしまうのが現下の法体制です。
広義で捉えるなら、村上春樹がいうところの「システム」と通底しているのではないでしょうか。
エルサレム賞を受賞したときの彼の「壁と卵」のスピーチを覚えている方も多いと思います。一部抜粋してみます。



こんなふうに考えてみてください。私たちのそれぞれが、多かれ少なかれ、1個の卵なのだと。私たちのそれぞれは、脆い殻の中に閉じ込められた、ユニークでかけがえのない魂です。これは、私にとっても当てはまりますし、皆さん方のそれぞれにとってもあてはまります。そして、私たちそれぞれは、程度の差こそあれ、高く堅い壁に直面しているのです。壁には名前があります。「システム」です。システムは、私たちを守るべきものです。しかし、時には、それ自身が生命を帯び、私たちを殺し、私たちに他者を殺させることがあります。冷たく、効率的に、システマティックに。参考
本来、被告人を弁護するはずの当番弁護士でさえ、まっさきに示談を提示していました。

背筋がゾッとする話です。
ある意味で、(特に男性にとっては)どんなホラー映画よりも怖いストーリーなのではないでしょうか。

エンディングで、主人公が心の中で呟く一言。
この裁判で、本当に裁くことができる人間は、僕しかいない。少なくとも僕は、裁判官を裁くことができる。あなたは間違いを犯した。
 ぜひ全男性にオススメしたい。彼の(冤罪となった)疑似体験を自己の中に持っておけば、ある意味保険の役割を果たすと思うんです。
法律、司法、検察、弁護の知識が付きます。
疑似体験を積めることこそ、映画の大きな魅力の一つだと思うのです。
ただ観た夜は、ナイトメアにうなされないか本気で心配しましたが...。笑
加瀬亮は今作も抜群ですが、個人的にMVPは弁護士役を演じた役所広司さん。



ちょっと関係ないのですが、「司法試験に受からないということ」というおもしろいエントリーがありました。
早稲田や慶應の法学部を出ても、試験でコケれば30代、40代で派遣社員というオチという驚愕の実態が実体験と共に書かれています。時間がある方はぜひ一読を。



完全主観採点:★★★★☆

2013年1月27日日曜日

映画『愛のむきだし』


バチコンきましたね。。
ここのところ映画を劇場やDVDで観る機会がやたら多くて、その度だいたい途中で少し寝落ちしちゃうのがパターンだったのですが(先日友達にゴリ押しされた観た『リリーシュシュのすべて』も爆睡してしまいました)、今作は目が釘付けでした。

時間は4時間と長丁場なのですが、体感はそれよりぜんぜん短くてほんとあっという間でした。DISC1はアッパーで、DISC2はダウナー。
このアップ&ダウンはすごい。その狭間にいるのが、満島ひかり演じるヨーコ。

主演はAAAの西島隆弘。この時点で観る気を失くす人もいそうなのですが(僕もそうです)、鑑賞してみると、ところがどっこい、バイアスふっ飛ばされます。
園子温監督は演技指導が厳しいことで有名なので、きっと徹底していたのだと思います。

満島あかりも圧巻の演技だったんですが、個人的には渡部篤郎が一番目立ってました。

登場人物のそれぞれがトラウマティックな体験を抱えていて、そうした人々が一点へと収束していく。
と、ありがちなストーリーラインかと思いきや、DISC2に入った途端、間髪を入れずにカタストロフィが始まる。


テーマは「愛」それも、むきだしの「愛」。

コリント書第一の手紙の第13章からの引用をヨーコがすらすら叫ぶ(3-4分くらいの圧巻のシーン)
たとえ人々の言葉、天使たちの言葉を語ろうとも、愛がなければ、わたしの言葉は騒がしい銅鑼、やかましいシンバル。
たとえ、預言する賜物をもち。あらゆる知識と奥義に通じ。必要とあれば山を揺るがすほどの信心を持ち合わせようとも。愛がなければ、無に等しい。
持てる全てを他者に与えようとも。己の身を燃やし尽くそうとも。そこに愛がなければ、わたしに何の益もない。
愛は忍耐強く、情け深く。妬まず、誇らず、己惚れず。礼を失せず、利を貪らず、怒りを抱かず。不当に扱われたことをいつまでも恨まない。そして不義を喜ばない。愛は、真実を喜ぶ。
愛は、諦めないこと、信じること、希望を持つこと、耐え忍ぶこと、すべてにおいて過たず成し遂げる。 
愛は永遠である。しかし預言は人に霊感を与えるも、廃れてしまう。異言による賜物も、いつか已んでしまう。知識は、いつかは過去のものとなってしまう。私たちの知識はしょせん断片にすぎない。預言もまたしかり。もし完全なるものが到来したならば、それら断片的なものは廃れてしまうだろう。 
私が幼子だったとき、わたしは幼子のように語り、幼子のように感じ、幼子のように考えていた。だが今や私は大人となり、幼子であった頃のやり方を棄てた。 
私たちは今、鏡に映った朧な像を覗いている。だが来るべき時が来れば、私たちは真の像と正面から対峙することになろう。それゆえに、「信仰」「希望」「愛」。この3つはいつまでも残る。このうち最も大いなるものは、「


きっと人は、心の底から信じられるもの、むきだしの愛を預けられるものを求めて彷徨っているだけのか弱い存在で。
それがキリスト教でも仏教でも、新興宗教であろうとも。
盲信できるもの。むきだしの愛をぶつけられるもの。
生きていく意味を与えてくれるもの。
だから真理なんてものを探り当てようとすることがナンセンスなんだと思う。

洋楽フリークが心の何処かでビジュアル系バンド大好きな人を見下していたとしても、彼らもまったく同様のことを思っていたとしたら、そこに優劣なんてあるはずなくて。

唐突ですが、ヘーゲルの思考の枠組みを援用すれば、それが分かりやすいんじゃないかと。
彼は「矛盾」、「対立」、「差異」を峻別しました。

資本家と労働者の間に矛盾があっても、協同組合をつくることで、資本家と労働者の転換が可能になる。だから矛盾は解消できる。
対立は、一方がもう一方を完全に絶滅することで解消できる。
ところが差異は解消不能である。たとえば議論する相手から、「これは趣味だよ」と言われたら、もうその先には介入できない。趣味は差異だから。差異は解消できない以上、どうしても自分の立場を決めなければならない。だから、どっちの立場に立つかによって、世界は違ってみえる。



信仰だって、まったく同じ事だと思ったわけです。

けっきょくそーいったすべてを貫くものは「愛」以外にありえないわけで。




完全主観採点:★★★★★

2013年1月24日木曜日

映画『テッド』を観て、『ハングオーバー』を想う


字幕、吹き替え悩んだあげく吹き替えでみることに。
普段、吹き替えで映画をみることはまずないんですが、有吉が声優だったということで。
有吉だい好きなので。映画におけるキャスティングとかってマーケティングがいかに重要か感じます。
平日の昼間なのにかなり観客の入りは良かったと思います。

R-15指定ということで、ある程度は卑猥なものを予期していたのですが、予想以上に放送禁止用語のオンパレードでした。

有吉もドンピシャにハマってました。
普段の有吉とほとんど変わりません。


コメディといえば金字塔はやはり『ハングオーバー』で、その壁はそうそう簡単には越えられないかなあというのが率直な感想。
コメディを観る度に、あらためて『ハングオーバー』の偉大さに気付かされるというか。
アメリカで好きな映画聞くとだいたい『ハングオーバー』って返ってきますからね。

ただ『テッド』の場合は純粋にテッドがキャラ立ちしているので、そこが女性ウケするのかもしれません。猥褻一辺倒だと客層が限られてきちゃうので。
興行収入も順調みたいだし、かなりの高確率で続編でると思います。

ところで『ハングオーバー3』はいつ頃の公開になるんでしょうかね。



【参考】
あいつらが帰ってくる! 『ハングオーバー!』3作目の舞台は再びラスベガスに

2013年1月15日火曜日

映画『HUNTER×HUNTER 緋色の幻影』


マンガ自体はかーなり読みますが、普段アニメの映画をスクリーンで観ることはなかなかありません。
AVATAR」とか映画館でみてこそ迫力のあるものは大体足を運ぶようにはしているのですが。
今回、わざわざスクリーンでみようと思ったのは『0巻―クラピカ追憶編』もらえるからというだけなんですが。


内容自体も良かったです。旅団キャラがぞくぞく登場するので。


去年、12月には31、32巻と立て続けに発売されたので、この調子で冨樫さんには頑張って貰いたいです。
物語も収束に向かいつつあるような印象なので。(とは言いつつ、すべての伏線を回収できるかは大いに疑問あるますが)

「ハンターハンター」といえばコレが秀逸です。

2013年1月12日土曜日

映画『GO』


行定勲監督、宮藤官九郎脚本、窪塚洋介主演。
これで面白くないはずありません。出来レースですよね。笑
物語の冒頭というか、流れ方はどことなく『トレインスポッティング』のような感じ。

窪塚洋介の演技はやはり唯一無二。『ピンポン』も『池袋ウエストゲートパーク』も。

在日をテーマにした映画でパッと思いつくのは『パッチギ!』ですが、個人的には今作の方がツボでした。
なんといってもセリフの一つ一つが響く。
僕が所属するゼミでは「アイデンティティ」がテーマなのですが、それこそゼミで観るのもありなくらい、「帰属とは何か?」を考えさせられる映画。

前から興味はありましたが、一層落語に興味を持ったし、シェイクスピア全集も読みたくなりました。アメリカにいた時に英語の授業で『マクベス』を読んだことがあるだけなので。取っ掛かりに『ハムレット』から読むつもりです。


原作もKindle版であるみたいなので、時間があれば読んでみようかと。

2013年1月8日火曜日

映画『人のセックスを笑うな』


たしか公開されたのが、高校生のときだったと思うんですが、その時以来また観ました。
映画の前に原作も読んでて、山崎ナオコーラさんの。


松山ケンイチも永作博美も、忍成修吾、蒼井優もこれでもかってくらいゆるくラフな演技、おそらく原作の雰囲気を反映させたかった監督の意向だと思うんですが。
ナイーブな演技で構成されてて撮影感がほとんどないんですよね、それで映像の流れ方も冗長でスロー。

地方の芸大で臨時の講師とロマンス、しかも永作博美。そりゃこうなるわな。

2013年1月6日日曜日

映画『バベル』


多国籍映画。
特定のメイン・ステージがなく、同時進行で物語が進行していき、一点に集約・交叉(congregate)していく。
この手の複数物語が一点に終着していくストーリーは大好きなんですが、たとえば小説でいえば村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』とか高野和明さんの『ジェノサイド』もそうですよね。ただ映像化するのが非常に難しいんですが。



モロッコで旅行をする夫妻、東京で暮らす聾啞の少女とハンティング好きな父親、メキシコに息子の結婚式に出かけるベビーシッター。

世界に点在した人々がひょんなことから繋がりだし、連鎖していく。
偶有性が小爆発を繰り返し、人々の運命を翻弄する。
「魔が差した」や何の気ない行動が人を殺め、人生を劇的に歪曲する。

『バタフライ・エフェクト』よりも、より直截的な人とひととの歯車の連なり。



エンディング含め、賛否分かれそうですが、個人的にはかなりツボな映画。

2013年1月5日土曜日

映画『僕たちは世界を変えることができない。』


「わたしたちのすることは 大海のたった一滴の水に すぎないかもしれません。でも その一滴の水があつまって 大海となるのです」
というマザー・テレサの言葉。この信念に突き動かれされて、行動にでる主人公、向井理演じる甲太。 
この話は実話に基づいたものだそうで、当時医学部2年生だった葉田甲太さんがモデルとなっています。小学館からはノンフィクション書籍もでてます。


モラトリアムを享受する大学生が一度は抱くアンニュイ。
でもどれだけのひとがアクションに打って出るだろう。

ポル・ポトの独裁で傷ついた人々、いまなお多くの地雷が埋まるカンボジア。
多くの子供達が労働を余儀なくされ、満足な教育を受けれずに入る。


ぼくが実際にカンボジアを訪れた時に、"キリング・フィールド"で撮った一枚

クラブイベント、バイト、募金、あらゆる手はずを尽くして目標金額150万円の到達に向けて奔走する。

それでも感じずにはいられない、虚無感や無力感。
(カンボジアで多くの子供達に囲まれ、一ドルをせがまれる)
振り払うこともできずに、同情から渡すその一ドルが何の解決にならないことも分かっている。

どこに意味を見出すか。
「受けるよりも与えるほうが幸福である」という聖書の言葉。


生まれたところや、皮膚や目の色で、一体この僕の何が分かるというのだろう?

「僕たちは世界を変えることができない。それでもあの日、あの瞬間、僕らと子供たちが笑顔でいたことは真実だ」


2013年1月4日金曜日

映画『時をかける少女』(2010)


アニメ版をみてからだと、どうしても見劣り感が拭えないですね。
でも仲里依紗カワイイですね。
アニメ版でもあかりの声は仲里依紗がやっていたそうです。
いちおうキャッチコピーは
『記憶は消えても、この想いは消えない。時を超えて、今、新たな物語がはじまる。』
少し本作とは主旨ちがいますが、パラレルワールド描いた作品ちょっとdigってみたくなったなあ。

映画『ツレがうつになりまして。』


激務によりうつ病にかかってしまった夫(堺雅人)を妻で漫画家の(宮崎あおい)が献身的に、支えるストーリー。
無垢で力強い感じ、宮崎あおいは→夫、『おおかみこどもの雨と雪』では、母→子供たち、と優しさの向かう主体は違うのですが、同じような"大らかな温かみ"を感じました。
宮崎あおいさんの役中における性格は、どことなく『ソラニン』の芽衣子に近かったような。


物語のなかででてくるペットって(きっと実世界でも)、家族か恋人との関係の"錨"のような役割を果たしているんですよね。この話ではイグアナ。

やはり原作はエッセイだそうで。



うつ病は心の風邪」と言われるほど、誰が罹患してもおかしくはない病気だそうで。
セラトニンなどの不足なども原因とされるので、日頃から野菜など栄養面に気を使った食生活を意識したいです。あとはバナナや納豆もいいそうです。
あとよく聞くのはうつ病は案外遺伝性が強いのではないかという話。
「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか? 」
という結婚の誓約がありますよね、「うつ病」を通してこの言葉の意味が真に分かったといっていた二人が印象的でした。 

そして、「生きている姿、そのものを誇りと思えるか」これが大事なんじゃないかと言っていた鬱のツレ。



【参考】「うつ病で休学してから人生が充実してきた話

2013年1月3日木曜日

映画『るろうに剣心』


「緋村剣心は人斬りという運命から逃れられぬのか」
それが物語を通しての主題だった気がします。
単純な勧善懲悪、輩成敗というよりは剣心の心情の移り変わりとか、人との関わりで遊動するアイデンティティの変化とか、そっちにスポットライトを当てた映画かと。

恨みは新たな恨みを産み出し、報復の連鎖は続いていく。
そんな「怨恨の連なり」を断ち切るため、剣心は戊辰戦争以後、刀を置き、代わりに逆刃刀を帯同することにする。
明治維新、文明開化の「新しい時代」で剣心は人助けを信条として生きていたが、

江口洋介演じる斎藤一が「剣に生き、剣に死ぬしかないのだ」というように一度、人を殺めて戦いの螺旋に足を踏み入れた人間が足を洗う難しさに気付かされる。
ここでもやはり『ハンター×ハンター』の冨樫さん言葉を想起せずにはいられません。
「善人も悪人もいつの世も人はくり返す。膿むには余りに長く、学ぶには余りにも短い時の螺旋上」


武井咲演じる薫が吉川晃司演じる鵜堂刃衛に連れ去られたとき、剣心のなかに人斬り抜刀斎としてのかつての自我が芽生えかけるが、やはり薫の「斬らないで」という一言で踏みとどまる。

おそらく『カイジ』での演技が評価されてのことだと思うんですが、今回も武田観柳を演じた香川照之さんの演技が光っていました。

鵜堂刃衛の目を使った幻術にしろ、ナルトのカカシの写輪眼にしろ、バジリスクの弦之介の瞳術にしろ、やたら忍法の名残みたいなものが描かれますよね。



少し残念だったのは原作で一番好きだった蒼紫が登場しなかったことかな。



ラストシーンの前くらいで、佐藤健(剣心)が武井咲(薫)をおんぶしてたんですが、もうなんか「あっちゃんをおんぶ事件」をフィーチャーしてるようにしか見えなかった。笑

いちおうテーマソングがワンオクの'The Beginning'なんですが、ワンオクファンじゃないとちょっと戸惑うかもしれませんね。ぼくは好きだからいいんですが。笑

2012年12月28日金曜日

映画『パーフェクト・ワールド』


友人らと共にクリント・イーストウッド作品を。

基本的に脱獄モノは頭のキレる脱獄犯とセットなのかなと。(てゆうか、そうじゃないと作品として成り立ちにくいですよね)「プリズン・ブレイク」然り。

クリント・イーストウッド作品は淀みなくフラットにストーリーが流れていって、ラストで一気に展開が転回することがパターンなような。「グラン・トリノ」然り。
ユーモアたっぷり、ヒューマン・ドラマ。だいすきです。
この作品では主題ではなかったですが、「ストックホルム・シンドローム」の要素があって、ますます興味が湧いてしまいました。

あとはケビン・コスナーかっこよすぎですね。ひさびさに「ボディガード」みたい。

2012年12月25日火曜日

映画『レ・ミゼラブル』


桜木町のシアターで鑑賞。
上映時間約3時間の長丁場。惹きつけられるミュージカル調の映画だったのですが、あまりに眠くて途中何度か寝落ちしてしまいました。
アン・ハサウェイの鬼気迫る演技。『ブラック・スワン』みたときのナタリー・ポートマンの迫力を思い出しました。
やはり名作というのは音楽が素晴らしい。


布教色の強い映画だと思いました。徹底して。
キャストが素晴らしい。

2012年12月21日金曜日

「魂」について


死が訪れたあと、情念・思念いや、「魂」はどこへ行ってしまうんだろう。
フィジカルな「体」は埋葬され、やがて土へ還っても、「魂」はどこへ行くんだろう。

韓国語の音感に触れる目的で再び「私の頭の中の消しゴム」を観返していたんですが(三回目)、今回ぼくの琴線に触れたのは「魂」という言葉。

「記憶が消えても、魂は消えないから」とチョルスが言っていました。
それが異様にthe HIATUSの"Souls"の歌詞とリンクしていて。
サビでこうゆう歌詞があります。

いつだってきみが過去を振り返り、思い出を感じる時

それはきみの中で膨らんで、ぼくを飲み込んでいく

ぼくらのに突きつける過去を振り返り、昔を感じようとするたびに

それはきみの中で膨らんで、ぼくを飲み込んでいく

きみのをぼくに連れてくるように


2012年12月4日火曜日

「秒速5センチメートル」をみて感じた、抗えない"時間の檻"(みずみずしいコトバのもろもろ)


どれほどの速さで生きれば、きみにまた会えるのか。
1「桜花抄」、2「コスモナウト」、3「秒速5センチメートル」を貫くテーマ。というか、コピー。

主題歌である山崎まさよし「One more time, One more chance」の
季節よ、移ろわないで。
映画を通底する雰囲気や 空気感に共鳴していく。

一部の終盤で心をえぐられるようなコトバ。
僕たちはこの先もずっと一緒に居ることは出来ないと、はっきりとわかった。 僕たちの前にはいまだ巨大すぎる人生が、茫漠とした時間が、どうしようもなく横たわっていた。 でも、僕を捕らえたその不安は、やがてゆるやかに溶けていき、後には明里のやわらかな唇だけが残っていた。
映画をみている間、ぼくの頭ではいくつもの歌のフレーズが無作為にこだましているようでした。



夜ごとの花火はもう上がらなくていい。心に消えない光が咲いているから。「もっと」/ Mr.Children
君にあげた服を、君は脱ぎ捨てたけど、心まで脱ぎ捨てられないだろう。「休みの日」/ JUN SKY WALKERS
"記憶のなかで ずっと二人は 生きていける" 
Hello Again〜昔からある場所〜/ My Little Lover
明るい場面では(Owl Cityの"Dreams Don't Turn to Dust)、底流には(Jay-ZとMr. Hudsonの"Young Forever")が頭の中できわめて小さい音量ではありますが、響いていたような。

どこまでいっても逃げられない、抗えない一直線になだらかに進み、淀む川のように。
どれほど後ろにクロールしても進めない"時の檻"のなか。

小説でいえば、島本理生さんの『一千一秒の日々』や『星の王子さま』のようにチクチクするようなみずみずしいコトバ。




『星の王子さま』にこんなコトバがあります。
でも目では見えないんだ。心でさがさなくちゃ。
たとえば、AくんはBさんの為に生きているとする。
BさんもAくんの為に生きてる。
そうすると、二人の間には誰も介在できない、これ以上ないほどの"生きる意味"が溢れ出していることになると思うんです。



オーロラをふたりだけで見に行ったのだとしたら、そのときその場に流れていった空気や共存感のようなものは、ふたりの中だけにしか残存しないし、どれだけ他者に伝えようとしても言葉や身振りでは役不足なのです。
映像も写真もなにひとつ本当は伝えることはできないんじゃないか、そう思います。

踏切を境に"分断された二人"、これがこの物語の端緒であり世界観であったと思います。

3部の無言で滔々と走馬灯のように流れていく記憶の回想はまるで、スラムダンクの山王戦、セリフなしで流れていくページのようでした。笑

自分の今置かれている状況を鑑みると、自己成就予言のようでちょっぴり怖くなりました。
小説も買ってみようと思います。




【参考】
「秒速」と「時かけ」の切なさはなぜ違うのか。あと新海誠を天才だと思う理由について。/ All For Unknow
これを読んで、またみようとおもいました。